指先から溢れるほどの愛を
相原 美湖(アイハラ ミコ)27歳。
紬(ツムギ)出版の主に20代半ばから後半の女性をターゲットにしたファッション誌『dearncy』(ディアンシー)編集部で編集者として働いている。
毎月12日発売のうちの雑誌は大体月末が校了(または責了)日。
そしてまさにその校了を終えた今日、解放された私が逸(ハヤ)る気持ちを抑えつつ足早に向かったその先。
路面に面しているそのこぢんまりとした建物は、一階建てなのにまるでニューヨークのアパートメントを彷彿とさせる佇まい。
その"closed"のプレートがぶら下げられた藍色のアンティーク格子戸のドアノブを引けば、
「おう、来たな、ミーコ」
ふわりと空気を揺らすように微笑んだ三白眼と目が合った。
少し明るさが落とされたペンダントライトから漏れる暖色系の光に、アッシュグレーの髪が透けてキラキラしている。
「今月もお世話になりまーす」
「任せろ。1ヶ月分の疲れ、取ってやるよ」
にひひ顔で笑った私を見て口角を持ち上げた彼は、レセプションカウンターで私のスプリングコートとバッグを預かってくれる。
そして奥の2台あるシャンプー台のひとつへと向かいケープを広げ、「ん」と私を促す。