指先から溢れるほどの愛を
坂崎さんも何か断り慣れてるし。
まぁ彼の周りにはいつも綺麗な女優さんやモデルさんがいて、きっとこんなお誘いも日常茶飯事なんだろう。
普段飄々としていてあんな風にふざけた感じなのに、ひとたび仕事のスイッチが入った時の彼の真剣な表情はとても魅力的だから。
そんな彼にこんな風に至近距離で見つめられて触れられたら、そりゃあ落ちるなっていう方が難しいと思う。
「ほら、むくれてないで、もうリップ塗るから口、元に戻して?」
「あっ、それはまだ!たまごサンド食べてからがいいです!」
今にもリップを塗ろうと顔を覗き込む坂崎さんの腕を、恵麻ちゃんが止めた。
「分かった分かった。じゃあ先に髪やってるから、その間に食っちゃって」
「ふふ、はーい」
リップをしまいながら苦笑を漏らしヘアセットの準備を始める坂崎さんを、鏡越しに頬を染めて嬉しそうに見つめる恵麻ちゃん。
その顔は、完全に恋する女の子の顔だった。
不透明な霧が私の心の中に立ち込め始める。
その霧が完全に心を覆い尽くしてしまう前に、私は「じゃあスタジオでお待ちしてますので、後は宜しくお願いします!」と何とか笑顔を貼り付けて、控室から逃げ出したのだった。