指先から溢れるほどの愛を



「お疲れ様でしたー!」

表紙撮影は滞りなく終わった。 

途中坂崎さんが前髪やメイクを直すため彼女に触れる度に煩悩の霧が心にモヤモヤと湧いてこようとするから、煩悩退散を唱えながら無駄に張り切って働いた。

そしてスタジオの撤収作業と同時に控室の片付けをするためにそちらへ向かえば、そこには帰り支度をしている坂崎さんだけが残っていた。


「あれ、恵麻ちゃんは……」

「もう次のドラマの撮影現場に向かうためにマネージャーと駐車場向かった。オレもこれから追いかけるけど」

「さすが恵麻ちゃん、多忙ですね」


鏡の前のテーブルを拭き始めながら私はホッとしていた。二人のツーショットを見てしまったら、きっとまた煩悩まみれになるだろうことは容易に想像出来たから。

その時、テーブルを拭いている方の手首を後ろから坂崎さんにくい、と掴まれた。

彼の柑橘系の香りが鼻先を掠めるほどの距離に、心臓が跳ねる。


「ミーコ、今度ポテトサラダサンド食いに行こ」

「……え?だって坂崎さん、若者の集う場所苦手だって……。それにそんな時間も体力もなかったんじゃ、」

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