指先から溢れるほどの愛を

返却口は店内の奥まった場所にある。

坂崎さんの持っているトレイに乗っているお皿などを私が返却口の棚に戻し、後はトレイを置いておしまい、という所で坂崎さんは徐にトレイを縦に傾けた。


「……坂崎さん？」


ーーそれは、ほんの一瞬の出来事だった。


見上げた私を見つめ、縦にしたトレイを顔の高さまで掲げて周りの視線を遮った瞬間唇に降って来た熱。


「……オレは今日、デートのつもりだったから」


唇から耳元に移動して囁かれたそれは、きっとさっきの私の問いへ対する答え。


「ミーコはもうオレにとって客じゃないって言ったでしょ？」


何食わぬ顔でトレイを戻しながら坂崎さんは続ける。

さっきまでのガヤガヤとした喧騒は一瞬で音を失い、私の耳は坂崎さんの声だけを綺麗に拾う。


「言っとくけど、客じゃないっつーのはそういう意味でミーコのこと特別に思ってるってことだから。覚えといて？」
　

瞬きすることすら忘れてポカン、としている私の唇に人差し指を乗せ、彼の口角が妖艶に弧を描く。

……え……、今の、何……？この状況に頭が追いつかなくて、全然現実味がない。

それでも私をまっすぐに見つめる熱の篭った瞳とやけにリアルだった唇の感触が、これは嘘でも冗談でもなくましてや夢でもないということを私に知らしめる。


「ミーコ、分かったら返事は？」


まるで小さな子供に言い聞かせるみたいに優しく紡がれたその言葉に、私はさっきの比じゃない位の真っ赤な顔でただこくこくと頷くことしか出来なかった。