お父さん、大嫌い、大好き

 僕はお父さんが嫌い。
 家に帰ってくるといつもむすっとしていて、黙っている。
 口を開けば、僕や母さんのことを怒るもん。


 お母さんとも仲良くしているように見えない。
 帰ってもずーっと黙っているもん。
 だから、お母さんに聞いたんだ。
「どうしてお父さんと結婚したの?」
「優しい人だからよ」
 僕はびっくりした。


「お父さんが優しいの?」
 笑いもしないし、怒ってばっかりだし。
「小太郎が思っているより、お父さんはずっと優しい人よ」
「ウソだ!」
 僕は信じたくなかった。


 お父さんは僕が生まれてから、ずっと優しくなんてしてもらったことないもん。
 お母さんの言ってることは間違ってる!
 絶対信じてやるもんか。


 お友達のお父さんの方がよっぽど優しいし、みんな仲が良くていいなあ。
 なんで僕はあんなお父さんの子供になったんだろう。
 怒ってばっかでお仕事のことしか頭にないもん。
 忙しいんだろうけど、キャッチボールもしたことない。


 僕はお父さんのことが大嫌い。
 でも、少しだけ変わってくれるなら、嫌いじゃなくなるかも。
 本当にちょっとだけでいいから、話してほしい。
 笑って僕と遊んでくれるなら……。


 ある日、お友達の隆一くんと遊んでいる時、おもしろい遊びを考えたんだ。
 それは自転車の二人乗り。
 かわりばんこで運転する人と後ろに乗る人を交代した。
 すごく楽しい。
 こんなこと、お父さんはしてくれない。
 けど、僕には隆一くんが遊んでくれるからいいや。


 しばらく二人乗りで僕たちは楽しんでいた。
 けど、隆一が運転する番になった時、こう言ったんだ。
「小太郎くん、坂道を下ってみようよ」
 僕はちょっと怖かったけど、「いいよ」って答えた。


 隆一くんは「いくよー」と叫んだら、ものすごいスピードで坂道を下った。
「うわぁ、すごい早いよ~」
「ちょ、ちょっと待って!」
 僕の左足の靴が取れかけた。
「なあに、聞こえないよ」
 風の音で隆一くんに僕の声が聞こえないみたい。

10
 僕の片っぽの靴は坂道に転げ落ちる。
 そして、僕の左足は自転車の車輪にからまってしまった。
「いたーい!」
 泣いて叫んだ、怖かった。
 隆一くんが慌てて、自転車を止めると近くを走っていた車の人に助けを呼ぶ。

11
 僕は救急車に運ばれて、手術をすることになった。
 そこからは記憶がぼやけていて、何度かお母さんの声が聞こえたけど、よく覚えてない。
 とにかく痛くていっぱい泣いて叫んだ。

12
 目を覚ますと左足が包帯で巻かれていた。
 ものすごく痛い。
 ベッドの隣りには心配そうに見つめるお母さん。
「小太郎、痛い?」
「痛い……」

13
 それからしばらく、僕は痛みで寝ることができなかった。
 ずっとえんえん泣いていた。
 その度にお母さんが頭を撫でてくれた。
 こんなときもお父さんはきっと仕事が大事なんだ。
 僕はもうあきらめていた。

14
 夜中の2時ぐらいに病院の廊下をバタバタと走る足音が響いた。
 お父さんだった。
 僕はびっくりした。
 見たことないくらいお父さんは汗だくで、Yシャツもびしょびしょ。
 すごく焦っているようだった。

15
「小太郎、大丈夫か!」
「うん」
「小太郎、痛いか!」
「うん」
 なんだか恥ずかしかった。

16
「お父さん、お仕事は?」
「仕事? そんなのどうでもいいだろ!」
 そう言うとお父さんは僕をギュッと抱きしめてくれた。
「小太郎が生きててよかった!」
「僕に生きて欲しいの?」

17
 お父さんは涙を流しながら答えた。
「当たり前だろ! 小太郎が生きているからお父さんは頑張れるんだ!」
「そう…なんだ」
 意外だった。
「そうよ、小太郎。お父さんは小太郎のことしか考えてないんだから」
 お母さんも僕をギュッと抱きしめてくれた。
 まるでサンドイッチみたい。

18
 それから入院している間、お父さんは毎日お見舞いに来てくれた。
 リハビリも手伝ってくれて、僕の足は治り出した。
 あとでお母さんに聞いたんだけど、お父さんは毎日僕のことをメールで聞いてくるんだって。
「お父さんは恥ずかしがり屋なのよ、本当は優しいのに、おかしいわよね」
 お母さんは嬉しそうだった。

19
 退院する前の日にお父さんが僕に聞いた。
「なあ小太郎、退院祝いに何か欲しいものはないか?」
 僕は迷わずに答えた。
「お父さんとキャッチボールがしたい!」
「そんなことでいいのか?」
 お父さんはびっくりしていたみたい。

20
 退院して僕とお父さんとお母さんの3人で近くの公園に来た。
 お母さんは近くのベンチで座ってて、僕とお父さんでキャッチボールするんだ。
「いくよー! お父さん!」
「よし、来い小太郎」
 僕とお父さんは日が暮れるまでキャッチボールを続けた。
 何度も何度も……。
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