丸いサイコロ
今のところは――なんとか、わけがわからなくなることだけはなかった。
昔の名作とかいう、彼の妄想の中だけに存在するわけのわからないものじゃない。確か、日記だって、つけていた。
存在している。今を生きている。記録している。記憶している。
まつりはそのときになって、お兄さんは迎えに来てくださったのですか、と聞いた。彼は、そのときになって、きょとんと二人を見る。
「……オトモダチか?」
ようやく、弟以外を認識することにしたようだ。
聞かれたので、曖昧にうなずいた。どうやら、露骨な嫌悪感や、敵意を示したりはしていなかった。興味が無いのかもしれない。
――ケイガちゃんはともかく、まつりを知っているのかどうか、実はわからない。まさか、無いとは思うが、もし初対面を装った演技だとしたら、と考えると、不安になってしまう。
下手に話をしないべきだろうか。
学校帰りや、休日はいつも、外には出ず、部屋にこもってゲームをしていて、それ自体はいいのだが、それに飽きると、今度は、何か思い付いては、ぼくを実験台にしていたような人物だ。
ほとんど、まつりを家に呼んだことはない。(そもそも、めったに出られないが)来させたくなかった。単にプライバシーの話ではなく、あの部屋の中を見れば、怖がらせてしまうと思っていたからだ。
しかし、結構な近所だったし、二人が顔を合わせる可能性、交流があった可能性も、あり得るだろう。そこで、あれ、と思った。
――まつりと彼に、過去の交流があると、何が問題なのだろう?
ぼくは、自分自身の過去が暴かれる可能性を危惧しているのだろうか。それは、いつも、誰に対しても、不安になることではある。
忘れたいのに、たくさんの嫌な過去のことを、ぼくはビデオの録画みたいに、ひとつずつ覚えている。言われた言葉。場所。どんな状況だったか。意思と関係なく、忘れることができない。
――自分の嫌な癖というかまあ、そんな感じだ。
ほとんど誰にも話したことはないが、話したところで、ぼくには脳内の映像を言葉で的確に証明できないだろうから、あまり意味を成さない。
今も、自分の覚えているいくらかのことを、二人が思い出したらと思うと、不安だったりする。せめてもの抵抗で、逃げ回っていた際、作った通路のひとつを、まつりと使って逃げたことが、すでに兄に知れているのでは、とか、たくさんの被害的な妄想だけが膨らんでいきそうだ。
まつりを見ると、無表情だった。深い、闇みたいな瞳で、じっと兄を見ていた。