丸いサイコロ
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探していたものの確認もできたことだし、ゆっくり部屋を出て、戻ることにした。
帰り道の足取りは、軽くも重くもないが、少し、ぐるっと一周したい気分でもあったが結局、せっかくなのに、と思いつつ、まっすぐ戻る。
冷めちゃって申し訳ないなあ、と思いながらも、ぼくは食堂のドアを開けた。いや、開けようとして、しかし様子が、おかしいのに気付く。
「──あれ?」
扉の隙間から見るに、ケイガちゃんが、どこにあったのか、包丁を握っていて、振り回している。
どうして?
(何かあったのかな……)
白っぽかった後ろの壁には、今、赤い色が、数滴飛び散っている。赤? 絵の具だろうか。
──これは、何かのイベントフラグ? 机でよく見えない隙間から、赤い手が、ひらひらと、こちらに揺れた。
こういうホラーがあった気がする。顔が、ちらりと、こちらを見て、また倒れていた。何やってるんだ、あいつ。──佳ノ宮まつり。派手な遊びだなあ。
あははは。
「……貴様を、殺したいと、常々思っていた!」
派手な。演出。
まるで、本当に、そうであるみたい。
こんなときのリアクションが取れない。反応が、極端に鈍い。
ただ、まっすぐに、それを見つめた。無関心なのではなく、いろんなことを考えて、必死にいろんな可能性を考えて、表に感情を出すことさえ、忘れているのだ。
──こういう状況のときは、どう思うのが、正しいのだろう?
昔から、いくら苦しんでも、泣いても、状況が変わるようなことは、何もなかった。だから、いつも、悲しんだり、苦しんだりは、ぼくに無意味だった。
ずっとそうだったから、こんな状況を用意されても、ぼくはどうしていいかわからない。『心から』が要求される場面で、心から、感情を出せない。
頭に、何に対してかもわからない疑問符を浮かべるのが、精一杯。
気持ちを切り替えることにした。きっと今も、ぼくが悲しんだり苦しんだり取り乱すのは、無意味なのだ。
逃避せずに、ちゃんと状況を理解しないと。
叫ぶことも、笑ったり、泣くこともなく。
ただ、不思議そうに、ぼくは、彼女らを、見る。
何をしてるんだろう?
思考回路が繋がらない。きっと、モノローグというより、箇条書き。
ぼくは扉を開ける。とても自然に。
口から出たのは、ただの挨拶。
「ごめん、遅くなっちゃった」
ケイガちゃんは、ちらっとこちらを見たが、すぐに、その足元に視線を戻す。
少し気まずそうだった。
ぼくを気にしたのか、手が止まっている。
大丈夫そうだと判断して、彼女のそばの、倒れている人物に、話しかけた。
「おいおい……お前、なにやらせてんだよ? 小さな女の子に」
まつりは、にや、と笑った。
腹の辺りが、やけに赤色でびしょびしょだけど、意外に、まだ元気そうだ。なんとなく、納得したような、緊張がほどけた気分。
「ハッ……りふじん、だなあ」
「お前に理不尽って言われたくないね。どう、痛い? 心配してやろうか?」
「いらないよ。痛くはない……それより、気にすることが、たくさんあるだろ」
「んー、あったかな。あ、シチュー、まだ食べてないや」
「…………」
「冗談だよ」
それだけ言って、二人のどちらに話を聞こうかと少し考えた。それから、ケイガちゃんを見る。
返り血かなにかで、手が真っ赤だ。
結構力を入れたのだろうか。
まさか、ビーフシチューではないだろうけど。