丸いサイコロ

「──役? 覚えてるかって、ぼくが何かを思い出すのを期待してたってこと?」

「ううん。今も期待しているんだよ。思い出せるんじゃないかなってね──正直、まつりにももう、結構、あやふやな点が多くなってるから、ナナトが何を知ってるのかさえ、ほぼ予想出来ないくらいだけど……でも今日、この計画を立てたのは、そのため。ひとつの賭けとして」


「えっと……少し考えさせて。覚えてる覚えてない以前に、ぼくは、察しが悪いんだ。引き出すのが、ちょっと下手っていうか」

ただの見苦しい足掻きに思えるが、実際覚えているのに、何を言われているかわからなくて答えられない、ということも結構ある。

多くの記憶が、音声や映像として、常にあるけれど、見慣れた風景と似ているのだ。
残念ながら注意力が無いため、何気なく、見過ごしてしまう。

注意深く焦点を絞らないと、何を指されたのか、わからない。
──と、大きく一言で言えば、察しが悪い。
言語化して発音に至るまでが長い。

「うむむ。じゃ、頑張ってみて。ヒントは結構、あったと思うんだな」

「……おう。そして手当てをしててくれ。実は結構、入ってんじゃない?」

「んー。結構、痛くないよ。やわじゃないから」

「そうなんだ、足の裏とか指先はすごい痛がるのにな」

まつりは笑っている。
どうしてだか、やっぱり、何か、不自然に。
コウカさんの声がふいに消えたと思いきや、近くのキャビネットから救急箱を取りだしていた。

ケイガちゃんは放心している。しかしぼくが近づくと、噛みつかれそうな威圧感もある。


「……じゃあ、えっと」

考える。筋道を立てるのは苦手なので、思い付いた部分から。
まず、ケイガちゃんはコウカさんではなく、エイカさんを探していた。これは、エイカさんは、ケイガちゃんと知り合いということも意味する。

探しているのはなぜだろう。親しかったから? しかし、ある程度親しかったくらいでは、わざわざ探しはしないのでは。そもそも、なぜ今になって?

何か利害関係にあって、さらにそれに期限的な条件があるとか?
 
 追い詰めた人を殺そうと決めていた?
誰なのかも、わかっていないじゃないか。

 にしてもなんだか雑だな。あいつもよけないし……(というか、どこから包丁を)

……落ち着け。
こんなに、疑問ばかり並べてもだめだ。わかったことから、数えてみよう。
ためしに、視点と前提を変えて。
とりあえず、まつりの求める筋書は何だろうか。
選ぶべき答えはどれなのか。

ある日、まつりのところに《あること》が書かれたメールが来る。このときに、彼女と会う約束をする。


それをぼくが知らず、指定日に気まぐれに外出に誘った。当初、まつりは、彼女の頼みを断ろうとしていたが、外に出てしまって、なんだかそうはいかなくなった。

で、計画変更。
そういえば、食べにいく場所を指定したのもまつりだった。どうせなら昼食を食べた合間に、いっそ合流してしまおう、と考えたのかもしれない。待ち合わせ場所は映画館。


ぼくを巻き込むのは、いつも通りなので、居てもいなくても、あまり関係ないということだろうか。

なぜ断ろうとしたのかは、後回しだ。
気まぐれだし、そんなに律儀でないと思うので、理由になりそうなことが多すぎる。

ケイガちゃんはまつりのことを知っている。まつりは、あまり誰かわかってなさそうだった。
見つけた、というとき、まつりはちょっとだけ震えていた。
そういえばケイガちゃん、コウカさんに、ちょっと雰囲気は似ていた気はする。失礼な気がするし、あんまり顔を注意深くは見なかったけど。

ああ、そうか、そういえばコウカさん、グループの中にいたのか?
どうして友好的な関係が築けたんだろう。今度聞いてみよう。じゃ、なくて。

えーっと。まとまらない。だめだ、考えれば考えるほど、いろんなことが浮かんでくる。しかも、どれもあり得そう。

「──あれ? というか、今考えるのは、事の顛末なんだっけ?」

さっきまで考えておきながら、何を一番に考えるのかわからなくなってきていたようだ。

あー、違う違う。頭がぼんやりしていたみたい。

今はまず、ぼくが《何かを思い出していないから》、与えられたヒントから、それを絞り出す、ということだったはず。
 頭がぐるぐるしてきたぼくは、髪をくしゃりと掴んだ。


そのタイミングで、ついに見かねてしまったのか、上着のカーディガンをマントみたいに巻き付けながら、手当てを受けつつ、こちらに背を向けたまつりが、はあ、とため息をついてから、声をかけてきた。

「なんだ?」

「……んーとね、さっき、どこに行ってた?」

「え?」

「さっき。ご飯を食べるときに、きゅうりだけかじって、抜け出したよね」

「ああ、うん。抜け出したよ。探してたものがあってさ。ちょっと、部屋に」


「それだよ!」


「え? どういうこと」


「だーかーら、それだよ」

「ウサギの、ヘアゴム……覚えてるのか?」

「覚えてない。──だけど、なーんだ、そうかあ。ずっと、知ってる部分と、知らない部分があったんだ。予想通りなら、それでひとつ、繋がったかも」

まつりは、少しだけ、すっきりした顔をした。


「……もしかして、あれって──まつりの物では、なかった、ってこと……?」
「使わないよ。もらったりもしてない。引っ張られる感じが嫌だし……そもそも趣味じゃない」


だとしたら。だとしたら。だとしたら───
──それ以前に《誰か》が?

……そして、それについての、ぼくが知り得た情報を、まつりが欲しがっている?

「この子から、メールが来たんだ。
『直系ではない、と母様が仰有るのを聞いてしまった。それで、わけあって、私はあの双子の姉さんに会いたい。知らないか』って」

まつりは、ケイガちゃんの方を見た。
彼女は、怯えていた。
そういえば刃物を持ったままだった。
まつりに、それ頂戴、と言われて、素直に従っている。

「──それで?」

「昔、地域で言えばこの辺で事件があった。それで居なくなった、って答えた。そしたら、数日後に、またメールが来た。どうやって調べてきたのかねえ。
『調べてみると、事実のようだな。
そしてそのくらいの頃、ちょうどあの館に、貴様がこっそり泊ったりしていたことも、わかった。現場は、その近くだったそうじゃないか。貴様にとっては、あそこは、やや遠出になるだろうに、これは偶然なのか』みたいな」

「でも、泊ったとか、その辺の記憶がないってことか。そして、ぼくには、ある。そうだ、お前と、昔ここに、こっそり入った」

ケイガちゃんが知らない何かを、知っているはずなのに、既に認識出来ないまつりは、返事に困っていたのかもしれない。

「そうか──やっぱり、もともとは、ここにあったんだ。今朝ね、ナナトの部屋の床の隅に、ウサギの、ヘアゴムの片方を、何気なく見つけたんだ。もちろん、自分の趣味ではないし、ナナトは、こんなのを持たない。不思議だなあ、ってくらいだったし、そんなに珍しくもないし、最初は、気にしてなかったんだけどね……ナナトも、目の前で使っても、無反応だったし。でも」

「──でも?」

「ねぇ、話してよ。二人で、泊ったっていう話」

軽い処置を終えたらしいまつりが、こちらを向いた。まっすぐに、ぼくを射抜いていた。


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