丸いサイコロ
丸いサイコロ
<font size="4">16.丸いサイコロ</font>
――大切なものを、また何か、無くした気がする。
ときどき思う、こと。
覚える違和感。
でも、佳ノ宮まつりには、それがなにかわからない。
不安なときは、別のことを覚えることにしている。いつもより、難しいことを考えることにしている。
それにも疲れたら、楽しいいたずらや、遊びを考える。
周りは忙しい大人ばかりなので、もちろん一人で。
さらにその頃はとくに、何かの取引の履歴が外部に漏れただの、いろいろと、厄介事が重なったらしくて、皆、増して忙しく、誰もまつりの相手をする暇などなかったのだ。
まつりは、決して一人も嫌いではなかった。ぼんやり、外を見たり、ぼんやり、あらゆるものを刻んだり、見つけた木の実を潰したり、そういう遊びを主にしていた。
が、次第に飽きていく。どっちにも付かない、不安定な気分へのやり場に悩む日々を過ごすことが増えた。
新たな遊びを見つけたのは、その頃だ。
壁に思い切りボールをぶつけることに、夢中になった。
屋敷の壁は、ちゃんと、返してくれる。適当な返事であしらう人間とは違う。
機嫌をうかがわれることも、うかがう必要も、相手を覚えてなくて、機嫌を損ねられることもない。
いつものように外に出ようとしたある日、長い廊下の床に、丸いサイコロみたいなものを見つけた。とはいっても、まさか真丸ではないけれど、なかなか転がる、手のひらサイズのサイコロだった。
点の他には、下の方に小さくAなどと掘ってあるから、Aさんのものなのだろうと、まつりは、ぼんやり思っていた。
持ち主に返す機会があるかはわからないが、この屋敷に出入りする者など知れている。一応、まつりは持っておくことにした。
それは、知っているものと違うので、興味をそそられたのもある。
何気なく、振ってみると、中に、微かだが、球体以外になにかあるのにも気付いたし、赤い点の部分は、いつか、どこかでみたセンサーランプに似ているのにも、気付く。
もしかしたら、と思っていると、最近、新しく屋敷に出入りするようになった女のひとりが、後ろからやってきた。
ひどく慌てた様子で、地面を必死に見つめていた。ツルツルした廊下の床に、女の困った顔が映る。片手にモップを抱えながら、何か、探しているようだった。それも、相当困るものに見える。
「ない、ない……どうしたんだろう!」
「なにか、探しているんですか?」
太い石柱の横から、そっと声をかけると、女は一瞬、ひい、と怯えた顔をし、すぐに表情を取り繕った。なんでもございません。
「それなら、いいけど」
それを見た瞬間、まつりは、急に腑にいろいろと落ちた気分になった。彼女が探しているものがわかった。今、手のひらに握ったこれだ。
いきなり現れたことで、探し物に関する疑いをかけられるのでは、と少し心配したが、彼女は、まつりにはすぐ見向きもしなくなり、床掃除を始めた。
案外、子どもとは、なにも知らないと思われているもので、とりあえず今は、彼女に警戒されていないようだ。
彼女の様子から、まつりは一時安心した。何かのネタになるかもしれないと、こっそり、思っていたからだ。
正直に、これでしょ、と渡すことも考えてみたが、案外、可愛げがないものより、無邪気さで探りを入れるほうが、あるいは得策では、と考えた。使えそうなものは取っておく性質なのだ。
――その数週間後、まつりは、一人の少年に出会った。
未だに、サイコロの正体に触れる話を彼や、彼女らにしたことはない。