丸いサイコロ

<font size="5">19.審判の食卓</font>

   
 彼、夏々都くんと、やけに元気がいい彼女が下に降りて居なくなってから、まつりは、残った方の私に会いに来た。部屋がノックされたと思ったらこれだ。そして冷たく、呼び掛けたのだった。

「──さて、と。やっと二人きりになれたね、コウカ」

──と。

 それは、甘美なものではなく、むしろ、脅迫的な怖さを感じさせて、逃れても無駄という気がした。そういえば廊下ではすごい音がしていたが、あれは、なんだったのだろう?

──いろいろと考えながらも、私は出来るだけ平静を装って挨拶し、迎え入れる。
所詮は、子どもなのだから、びくびくするのはみっともないようで、しかし本音を言えば、怖かった。


「あら、そうね、ゆっくりお話する? いつかの、出来損ないのおちびさん。久しぶり」

 なぜだか、不安で、仕方がない。それこそ大人げないことだったが、小バカにするように、笑ってやった。半ば当て付けだ。しかし、本人は、そういうものには既に慣れてしまっていたらしい。眉ひとつ動かさずに、ただ、微かに笑って応えてから、言った。

「──なるほどね。非常識で失礼な人間だという認識と事実を、今後のために受け取っておくよ」

冷静な対応だ。そういう人はいるよね、とでも言いそうな、冷めた態度。
いったい、なんなのだ、この子は。

「──あはははっ、それは結構だわ。素敵素敵。どうやら私、今まであなたを、見くびっていたみたい。お屋敷の隅っこで、いつも、血にまみれた気味の悪い遊びをしていた、ただのガキだと思っていたもの」


「ふふふ、そう。気が合うね! こそこそと、百恵おばあさまの動向を探っていたストーカーが言うことは、やっぱり説得力が違うよ」

互いに穏やかな笑顔だったが、場の空気はギリギリまで緊張していて、いつ、どちらかがキレてもおかしくないようだった。しかし、その点でもまた、先に出た方が負けだと、たぶん、互いが理解出来ている。

──だから、私もなるべく押さえていたはずだったのに。早くも耐えられなくなり、つい、叫んでしまった。

「言うじゃない。気に入らない、気に入らない、気に入らない!」


思わず、しまった、という顔をした私に、まつりは気分を良くしたのか、にこにこと笑いかけた。


「ふうん。でもまつりは、あなたのそういうところが気に入ったんだぁ。だから、遊んであげてるんだし」
信じられない。楽しそうに、上着の裾を握りしめて、私にそんなことを言う。


「遊ぶ? ふざけないで。怒るわよ。人をおもちゃみたいに」

おもちゃみたいに。
──そう言ったら、なんだか、本当にそれがしっくりくるように、思えてきた。
 本人には、本当にそうだったのかもしれない。悪気なく、人を、私を、周りを。そうでしか見られなかったのではないか。きっと『生きるためには愛されなければならない』とか、そういったものの意味を、どこかで踏み違えてきたのだ。

だから、好意も、悪意も、ただ利用し、遊ぶためには、ちょうどいい、都合のいい感情で、何か現象のごまかしでしかない。しかしそれは同時に、飽きれば無意味で、さっさと断ち切る。そうだ、きっと、そういう風に考えるような子なのだ。

──そう、思って、いたいのに。
今度は返事に少し、間があって、なにかを抑え、平静を保つような声が紡がれた。

「……ふざけないなんて、不可能だよ。こうして生きていられること自体が、まつりにとっては、もう悪ふざけみたいなんだから」


(──あれ。今、一度だけ目を、伏せた)

 どこか、自虐的な、寂しいような感情が、一瞬見え隠れしたようで、ほんのわずかだけ、動揺してしまう。

──だが、やはり面白がるための罠かもしれないし……そう、これは冷酷な、ただの、化け物なんだから、落ち着かなくては。


「そうだ、私が、幸せなところに送ってあげようか?」

優しく、聞いてみると、意外な答えが返ってきた。

「お客様が向こうでたくさん待機してるから、変な動きはやめた方がいいよ」

なんだ、気のせいかと、安心する。そう、安心……私は、なぜ、安心なんてしているんだろう?

──同じ、人間なのだと、考えるのが、怖い?
こんな風に、育ってしまった子どもが。


「あら、ご忠告ありがとう」

私の精一杯の皮肉を、いえいえ、と、適当にかわしてから、まつりは言った。
まるで、遠くを見るように。

「……コウカは、一人で充分なんだ。だから、選んでるんだよ。やっぱり本物を呼んできたら、偽物には不都合だったかなぁ? でも、本物のコウカは、本気で同じ名前の人だと思ってるから、安心していいよ。きみの本当の目的は、彼女にはバレないはずだ。主人のためなら嘘でも信じちゃうからね。可愛いでしょ」


「……安心? あなたがやることに、安心なんてあった?」


「彼女は、冤罪ーってことで、小屋から出してもらっているんだ。その時点でまつりを信用しているし、きみは、彼女に《ちゃんと》似ているし、双子を演じられたら、代わりに偽物を、本人だよって、渡す話を無理矢理通してきているから、絶対にその通りに仲良くしてくれるよ。そこは大丈夫」


「待って、偽物って……あなたまさか!」

思わず聞いたが、佳ノ宮まつりは薄く笑っただけで、忙しいから、と部屋を出ていったのだった。













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