丸いサイコロ
何やら起動に時間がかかっているみたいなので、ぼくは空いた時間で、彼女の読んだ手紙の文面を思い出すことにした。あれはつまり、姉なる人物が、失踪しているということではないだろうか。
まつりは、エイカさんに会おうとしていた、と言った。しかし《姉》で、ヒビキちゃんの母親が、エイカさんだとすれば、会えるのか。
見つけるのは誰だ? 脅すのは誰だ?まつりは、なんと言った。──彼女《たち》の、秘密を知った?
『――あの子、本当に信じているのね!』
ふいに、はっきりした音声で、ファイルの再生が始まった。びっくりして、背後を見ると、まつりが、やはり無表情で、音量を調整していた。
「これって――」
「あの女だ。榎左記 里美」
「エノサキ?」
しっ、と言われて黙ると、女がザザザ、という波音に紛れた声で笑いだしたのが聞こえた。
『佳ノ宮家を敵にまわしたなんて知られたら、彼も別れたがるだろうし、私が、このことを本家に伝えれば、ぜーんぶ、あいつら、おしまいなのに。動機も充分! アハハハハ!』
「昔から、要注意人物だった。何があったかは、まあ――ここでは言わないが、親戚では、ある。あの家を、一番恨んでいたかもしれない」
『──あ、あんた、居たの?』
『い、いえ、あの、さっき、来たところです』
『ふうん……それよりさ、先週の』
そこまでで、再生が終了した。
タイトルを覗くと、0001となっていて、まだ数個ファイルがあった。
「っていうかなんで、そんなデータが──そもそも、あのサイコロって」
「言ってなかったか」
他人に、無理に優しくするような、ぎこちない笑みを返された。今さら、悲しくならなかった──というのは嘘になる。
「きみが小学生の頃──あのでかい屋敷の廊下で、まつりが拾ったものだ。あそこにいた誰かが、これで、情報を盗んでいた」
まつりは、平然と、そう告げた。そういやあの頃から、今に至るまで誰にも、中身は公表しなかったな、と付け加えて。それを聞いたとたんに、なんだか、喉元が熱くて熱くて、痛くなった。
聞きたくない、と思ってしまう。
「……わかった、わかった。もういい、昔のことなんて、思い出さないでくれ」
急に、口走った台詞に、自分も驚いた。まつりは、さらに不思議な顔をした。
体の温度が一気に下がったような気がした。
「なんだ、急に、どうしたよ、行七夏々都」
「べ、別に、その、なんとなく……」
「──へぇ、良くできた機械だね」
兄は、そう言って、マイペースに、コンピューターに繋がりっぱなしのサイコロを摘まむように持った。
今さらだが、廊下にコンセントがあって、廊下の真ん中で、機器を繋いで三人座り込んでいる形だ。少し、足が冷える。
「確か、これの製造は、結構前に終了してたってはずだけど。俺、結構そういうの買ってたからさ。実物、初めてみたな」
「販売終了より前に、持っていたんだよ。これを、今まで彼女が公表しなかったのは────まつりが、持っていたからだ」
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クラスメイトの名前が里美なんですw
偶然だと思ったんだけど、もしかしたら向こうの意識した名前にした子どもかもしれないですね。