丸いサイコロ
落下するならさっさとすればいいのに、長い間、浮いているみたいだった。
……頭のなかで、オルゴールみたいな音が聞こえてくる。今度は闇以外は、見えなかった。
楽しそうな曲なのに、とても寂しくなるそれを、止めることも出来ずに聞き続ける。誰かの言葉を、ふいにまた、思い出した。
『家が自ら手をかけるわけにはいかないし……もし、都合が良く《外部からの侵入者》でもやってきて、誘拐でも起こったら、足取りが掴めません、終了! って考えたんだろうね』
『念のために、入れかわってたのさ。ここにいるのはコウカって名前のエイカで、居なくなったままなのは、エイカって名前の、コウカだ』
『わけがわからない……何のため? それに、やってたのは一人だろ? どうして、コウカさんも、エイカさんも、両方が、連れ去られたみたいなこと……』
『……んー、片方は、上の指示で誘拐されて、もう片方は、こちらでこっそり保護されたんだよ。まあそれも、形は誘拐そのものだったみたいだけど』
──ああ、さりげなく、無視していたけど。そうだったな。
おまえはああ言ったけど、相変わらず、なんで知ってるんだろう。いや、それはともかく、おそらくは念のために入れ替わっていたわけじゃない──
あいつから抜けている事象。補足。期待された記憶。──でも、もう、それ自体も、無意味になってしまったのかな。
咄嗟に、頭を庇いながらようやく、ぼくは倒れる。別に運動ができるわけじゃないけど、受け身は特に、苦手だ。
しかしなんとか腕と背中を少し擦りむいたものの、ほとんど無傷で、床に投げ出されたようだった。
「いたた……」
思わず、今の感情を口にした。我ながら、本当に痛いのかというような、棒読みだ。起き上がる。どこまでも、薄暗くて、このまま、眠ってしまいそうである。
薄暗いところは、苦手だ。昔から、どうにも眠くなってしまう。
「……小学校三年、行七夏々都。将来の夢。ぼくは、大きくなったら、オーライってやる人になりたいです。ヒーローの乗るやつをチェックしたり、したいです」
眠くなってくるのを防止すべく、一人暴露大会を始めてみた。小学生のときの作文の内容、そのままだ。しかし、コウカさんは、まだ来ないのだろうか。あれから、10分以上は経ったような気がする。
「しかし、思っていたより、グサグサと刺さるな……」
自分に突っ込みを入れる勇気はない。小学校の頃のぼくは、こんなに純粋だったのだろうに、今のぼくは、それを信じることが出来ない。
「……それから、ぼくは、怪獣を誘導したいと思います。うまく手なずけて、かんばんむすめになってもら───やめよう。傷口が広がる……」
明かりはないかと少し考えて、頭をひねって、上着の中をごそごそ探す。特に、これといったものは見当たらない。
右足の靴を脱いでみた。癖でなにかを仕込んでいるのは、実は本当のことだ。そして、それはズボンではなかった。形でバレるし、落としやすいから。
あと、素足に擦れる感じが──なんでもない。
確かなにかあったぞと、探して、出てきたのは袋に丁寧に入れたマッチと、短い線香。二メートルくらいの細い紐もある。
「……うん」
少々複雑な気分になりながら、火をつけて、足元を照らす。思っていたよりは、明るくないが、眠気は覚める。ぶつかりながら歩いていると、燭台を見つけた。なんだか、ついているような気持ちになるが、そういえばもともと、燭台はここにあった。
線香がなくなり、爪がすり減りそうだったので、慌てて火を移す。これまた、短い蝋燭があった。