溺愛体質な彼は甘く外堀を埋める。
しゅっとした,柴犬。

千夏くんより先に,そんな飼い犬の方が私に気づく。

元気よく尻尾を振って吠え出したところで,千夏くんはようやく私に気がついた。

笑顔だったのが嘘のように,複雑な顔をしてうつ向く千夏くん。



「千夏くん,お昼……皆もう行っちゃったよ」

「えっ……あ,そっか。ごめん」



てんてんてんと,不安を煽る間が空いて。

意を決した私は



「千夏くん。どうして,どうして私の事を避けるの……? 私,何かしちゃったなら,せめて謝るくらいはさせて欲しいよ」



そう千夏くんに問う。

手のひらが湿る程緊張した声と,強張った顔。

私のそんなものに,ようやく気付いた千夏くんは,何故だか瞳を揺らして。



「違う,ごめん真理。そうじゃ,なくて」



小さく溢したその言葉を,私は一生懸命に拾った。

久しぶりに聞いた私の名前が,ただただ嬉しい。
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