溺愛体質な彼は甘く外堀を埋める。
どうして,ただお昼だと伝えに引き返しただけだったのに。

ただ,千夏くんがおかしな態度を取る理由を知りたくて。

なのに,その答えは全て,千夏くんの言葉に集約されてしまった。

少しも嬉しく,無かった訳じゃない。

どきどきしなかった,訳じゃない。

ましてや,千夏くんの事がきらいな訳でもない。

でも,私の答えはもう決まってる。

千夏くんに応えることなんて出来ない。

私が千夏くんの事を,そんな風に想っていないから。

私には,婚約者(なぎ)がいるから。

ーじゃあ,凪のことは?

こめかみからこめかみまで,1本の矢が貫通するように。

抵抗する間もなく頭を過った私の声。

強制的に,思考が働く。

きっと,千夏くんがあんなことまで言ったから。

じゃあ,凪のことは?

どう,なんだろう。

私は,凪の事が好き……?

きゅうと胸から音がして,咄嗟に手を当てるとミシリと痛む。

この感覚は,もうずっと前から味わってきた。

私は,私は。



「私は,誰が好き?」



ポツリと,呟いてみる。

誰が教えてくれる訳でもないけれど,不安で不安で,教えてくれたらと思った。

誰の事も,まだ好きてはないのかもしれない。

だけど,じゃあ。

凪のこと,好き?

これで最後と胸の内で聞いてみる。

また,同じ様にきゅんとなった。

潤む瞳を瞬いて,手の甲をほっぺに当てる。



「……あつい」



少なくとも,こんな時。

1番に逢いたくなるのが凪だってことだけは,小さな頃の私だって知っていた。
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