溺愛体質な彼は甘く外堀を埋める。
こんなはずでは無かったんだろう。

幕から飛び出してきた人達が,順にあやふやなお辞儀をして,かと思えば幕は下がる。

しっかりしてそうな落ち着いた声が終わりを告げ,体育館は騒然とした。



「真理…大丈夫? 顔,青い…」

「ごめんね,真香さん。ちょっと水筒とってくる」

「あの,真理」



聞こえたかも分からない小声に早口で言いきり,私は背を向ける。

言いにくそうに口を開く真香さんが,現実を思わせる。

知っている人のキスシーンに,複雑な気持ちを抱いているのだと思った。

私だって,きっと真香さんと同じ気持ちだ。

見た光景を,信じたくない気持ちがあった。

凪に会いたいような,会いたくないような。

でも,今ここにはいたくない。

確かな意思で体育館を出ると,もわっとした空気と冷たい雨が私の肌を襲う。
< 95 / 196 >

この作品をシェア

pagetop