桜舞う天使の羽~天才心臓外科医に心臓(ハート)を奪われました。

 *

 6時間後、脳死判定を行い医師より死亡宣告を受けた。分かってはいたが、実際に宣告を受けると目の前が真っ暗になった。身体の一部を持って行かれたような、そんな衝撃さえ感じるほどで……。父も母も同じだったのか、俯いたまま二人とも何も言葉にはしなかった。そんな様子の俺達に移植コーディネーターから気遣うように話しかけられ、今後の手順について話し合った。

 移植日は4月3日に決まった。

 4月2日はさくらの誕生日だったため、家族4人でお祝いをすることを決めた。

「さくら……お誕生日おめでとう」

 俺は妹に最後のプレゼントである桜色のストールを掛けてやった。父は家族4人で撮った写真を、母は前から買って置いたブローチを付けてあげていた。

 ケーキのローソクに火をともし、ハッピーバースデーの歌を歌い、さくらの最後の誕生日を祝った。さくらはもう年を取ることは無い。永遠に18歳のまま……俺達の時間だけが進んでいく。

 最後の時を家族4人で過ごしていると正悟の携帯電話が鳴った。それは明日、研修先の病院で心臓移植が決まったと言う物で、見学に来いという電話だった。俺の心臓がドクンッドクンッと大きな音をたてていた。

 本来ドナー家族に、レシピエントの情報、名前や住所などは知り得ない。移植後レシピエントから健康を取り戻した喜びや、お礼の手紙をサンクスレターにして渡すことは出来るが、それも全てJOTを通して行われるため、個人情報は一切公表されない。しかし、このタイミングでの研修先からの電話……。明日行われる心臓移植は間違いなくさくらの物だ。

 4月3日心臓移植当日、俺は研修先の病院でさくらの心臓を待った。手術室の扉が開くと、看護師に心臓が手渡された。頑丈そうな箱中に心臓が入っていて、動いていない心臓は、まるで人体模型の一部の様だった。出頭医から手術開始の声が掛けられると、皆がシミュレーション通り動き出す。俺はそれを食い入るように見つめていた。それから10時間を超える大手術が終わり一人の少女の中で、さくらの心臓が動き出した。

 数日後、坂口美桜と書かれた病室から楽しそうな笑い声が聞こえてきた。その少女の笑い声を聞きながら正悟は目を細めた。

 それから程なくして俺は心臓の勉強をするべくドイツへ旅だった。妹に言われた『世界一の心臓外科医になってね』その言葉を胸に……。





< 85 / 137 >

この作品をシェア

pagetop