桜舞う天使の羽~天才心臓外科医に心臓(ハート)を奪われました。
*::*
私の中で止まることなく動き続ける心臓は他人の物だ。元々私の中にあった心臓はもう何処にも無い。この心臓を移植してもらってから8年、色々なことがあった。良いことも悪いこともあったが、毎日幸せを感じている。ふとした瞬間に思う、この心臓の持ち主はどんなことを思い、生きていたのかと……。男性だったのか、女性だったのか、どんな物が好きで、やりたいことや夢はあったのか。私に出来るならその夢を叶えてやりたいとも……。しかし、それを知り得ることは出来ない。
そのはずだったのに……。
私の中にある心臓の持ち主が先生の妹さんの物だったなんて……。そんな偶然があるのだろうか?
先生が私を見つめる瞳が優しくて、心に響く声が愛おしくて、恋に落ちてしまったのに……。先生は私ではない妹さんを見ていたんだ。
こんなに好きになってから、知ってしまうなんて……。
私はなんて勘違い女なんだ。
バカだな。
心臓がトクンッとなった。まるで励ましてくれているかのようで、胸が苦しくなる。
思えばおかしな事は沢山あった。
樋熊先生の声を懐かしく思ったり、知らない女の子の声が聞こえたり、先生の飲むコーヒーに角砂糖を3つも付けたり、先生をお兄ちゃんと呼んでしまったり……そのたびに先生は驚いた顔をした後、うれしそうに頭を撫でてくれたり、口角を上げて喜んだりしてくれた。
あれも全ては妹さんを見ていたから……。
トクトクと動いていた心臓の奥が、ツキンッと痛んだ。