公爵騎士様は年下令嬢を溺愛する
第18話 謝罪
俺は頬に手をあて、呆然と立ってルーナが走り去るのを見ていた。
今何をした?
おやすみなさい、と言ってくれた。
いや、その前だ。
大好きと言ってくれた。
いやいや、その前だ!
ルーナが俺の頬に……。
今やっと顔が赤くなった。
何故俺は赤くなっているんだ!
今さら女を知らんわけじゃない。
だが、こんな気持ちになるのは初めてだ。
いやいや、あれは可愛い過ぎるだろ!
頭の中がルーナで一杯になりそうだ。
「寝よう……」
胸が高まったまま、寝ようとしたが眠れずそのまま朝をむかえた。
今日の朝もルーナの部屋の前の壁にもたれて待っていると、ハンナがルーナの支度にやって来た。
「おはようございます、カイル様。今朝もお嬢様をお待ちですか?」
含みのある笑顔でハンナが言った。
「早く目が覚めたからな」
「はいはい、そういうことにしますね」
オーレンとハンナは俺が幼い時からいるからか、見透かされている気がする。
「ハンナ、今日は夕方には帰るから夕方に仕立て屋が来るようにオーレンに伝えておいてくれ。ルーナに買ってやりたい」
「まあ、きっとお喜びになりますわ」
ハンナは笑顔のまま、ルーナの部屋に入った。
ルーナのサイズを測らせ、ドレスを沢山買ってやろう。
もう冬になるからコートもいるか。
ルーナに買ってやりたいものが沢山ある。
考えているとドアがガチャガチャと開き、ルーナが出てきた。
「お、おはようございます、カイル様」
「おはよう、ルーナ」
ルーナが頬を染めていた。
夕べのことを思い出していたのだろうか。
「さぁ、行くぞ」
「はい」
可愛らしい笑顔で返事をするルーナ。その様子にホッとした。
昨日のことで、落ち込んでいないかと心配していたからだ。
朝食につき、今日の予定をルーナに話した。
ドレスを贈ろうと、話すと最初はどうしていいのかわからないように、困った様子だったが、そのために、早く帰ると言うと嬉しそうになる。
昼食の話をした時もそうだ。
ドレスの話より、一緒に入られる事の方が嬉しそうに見えたのは俺の気のせいだろうか。
そうであってほしいという俺の思い込みなのだろうか。
そして、いつものようにルーナは見送ってくれる。
それがなんとも言えない程、満たされていた。
あっという間に、昼食の時間になり、騎士団の入り口で腕を組み立っていると、また門番が恐る恐る俺を見ていた。
「何だ? 用があるから立っているのだぞ」
「……はい」
ルーナを迎える以外でこんな風に立ったことがないから、驚いているのだろうけれど……。
だが、門番の視線よりもルーナが待ち遠しかった。
まだかと思い懐中時計を見ると、少し早すぎたかと思っていると、ファリアス公爵邸の馬車が到着する。
足早に、馬車に近づきドアを開ける。
「お待たせしました」
「大丈夫だ。時間通りだ」
そして、また待っていた事を隠した。
そのまま、抱き上げて降ろすと、照れるようにルーナの頬が染まる。
そして、「ありがとうございます」と言ってくれる。
たったそれだけのことでさえ、ルーナが可愛い。
そんなルーナを執務室に連れて行った。
「今日はオムライスを作りました」
楽しそうに並べるルーナを見て、邸で楽しくやっているのかと安心した。
「……ルーナ、今日は隣に座って食べないか?」
「カイル様のお隣に座っていいんですか?」
「ああ、構わない」
二人で並んで座り、食べはじめると、ルーナが明日のことを聞いてきた。
実家のことが気になるのは当然だ。
まだ、短い期間だが、ルーナは無神経な人間ではない。
「明日は婚約のお話をするんですよね……?」
「ルーナの話をつける為だ。他に何かあるのか?」
「実家に帰りませんよね……」
「帰すつもりはない」
まさか、まだ追い出されると思い込んでいるのか?
もしかして、俺は信用されてないのかとこちらが不安になる。
この、無表情のせいだろうか。
「明日は支度金を持って行く。本当は16歳になってから正式に婚約し、出すつもりだったが二度とルーナに手が出せないようにするから安心しなさい」
「私の為にお金を……」
「ルーナの為の金だ。惜しくはない」
「カイル様、ありがとうございます……」
ルーナは少しホッとしたのか、また食べはじめた。
ルーナの作ったオムライスは少し卵がいびつだったが一生懸命作ったのだろうと思う。
俺の為に作ってくれたのだろうと思うと嬉しかった。
食後は二人でソファーで座り休んでいた。
バーナード様はまだ来ない。
ヒューバートも頼みごとをしているから今日は来ない。
二人っきりだった。
「あの……夕べのこと怒っていませんか?」
おそるおそる聞いて来るルーナ。
夕べのこととは、あれか……。
「怒ってはいないが……」
手が届く所にルーナがいた。
頬に手を伸ばし、昨日のルーナと同じように口付けをした。
少しだけルーナの顔が強張っている。
「カイル様……」
そして、ルーナの顔が真っ赤になった。
「……本当は俺から先にしたかったのだが……」
ルーナは頬に手をあて、微笑んだ。
「ふふ、私が先にとっちゃいましたね……」
ルーナの手をとり、指にも口付けをした。
「この指に合う指輪も買おう。ダイヤかルビーか? 何でも買ってやるぞ」
「カイル様……」
二人で見つめあっていると、ドアが開き、人がやって来た。
「団長、バーナード様が来られました! ……っと!?」
バーナード様を案内した団員とバーナード様は執務室の中を見て固まった。
顔を赤くしているルーナと、ルーナの手を握っている俺も固まった。
何故このタイミングで来るんだ!
くっ、今日はヒューバートがいないから安心してたのに!
ヒューバートから、邪魔なんてしませんよ。と聞こえそうだった!
「……カイル、私は出直すか?」
顎を触りながらバーナード様が気を使ってかそう言った。
「いえ、大丈夫です」
内心、クッと思いながらも、無表情が役に立ったのか、冷静にそう言った。
ルーナは、赤面したまま顔を隠し、うつむいている。
よほど恥ずかしかったらしい。
そして、バーナード様を中に入れ、座ってもらった。
「カイル、そちらの娘が婚約者か?」
「はい、ルーナと言います」
「は、はじめまして、ルーナといいます」
ルーナは照れながらも挨拶をした。
「そうか……ルーナ。ディルスのことは聞いた。私の団員が失礼をした。ディルスは謹慎にし、3ヶ月の減俸にした。許してくれるか?」
「ディルス義兄上を……」
「私が知らなかったとはいえ、ディルスのしたことは、私は嫌いだ。あまつさえ、街で騒ぎをお越し騎士の恥を晒した。君に詫びたいのだが、無理か?」
「……」
ルーナは静かに黙って聞いていた。
「ルーナ、悪いようにはならないから正直に話しなさい」
「カイル様……」
ルーナは、俺を見たあと、ゆっくりとバーナード様を見た。
「……正直に言うと、よくわからないのです。ディルス義兄上も継母も恨んではいません。ただ、辛かったんです。上手く言えませんが辛くて……」
ルーナは今にも泣きそうだが、ぐっと我慢しているのがわかった。
あんな対応が日常的なら、辛いのは当然だ。
不安そうなルーナの手を握ると、俺を見て言った。
「……カイル様たちが、私のせいで侮辱されるのは嫌ですが、少し感謝していることもあります」
「感謝?」
バーナード様が真剣な顔で聞いた。
あんな仕打ちのどこに感謝するところがあるのか。不思議だった。
「カイル様に会えました」
確かにそうだ……。
ディルス達に、どんな思惑があろうとルーナに会えたことは幸運だった。
「そうか……では、私の詫びを受け入れてくれるな?」
「はい」
「もう1つ、詫びの品だが、観劇のチケットを用意した。カイルの休みに二人で行きなさい。一番良い席をとっている」
「……バーナード様ありがとうございます」
バーナード様にルーナは礼をいい、バーナード様は「さあ、帰るか……」と席を立った。
ルーナと2人で、バーナード様を入り口まで見送るとバーナード様は少し楽しそうに言った。
「カイル、次の団長会の話のネタができたな」
「……ご冗談を」
「カイルでも照れることがあるのだな。紹介したかいがあった」
そんな顔をしているつもりはないが、バーナード様はお見通しなのか、と思う。
「カイル、婚約者を大事にされよ。では失礼する」
バーナード様は、楽しそうにそういうと馬車に乗り込み去って行った。