これは、ふたりだけの秘密です
倫太郎の語る苦い思い出は、郁杜の心にも突き刺さってきた。
その痛みは、幼い怜羽の痛みでもあった。
生まれてすぐに軽井沢の怜羽の祖母に預けたこと、
小学生になって親元で暮らすようになった怜羽が夜毎、泣いていたこと……。
家族の誰もなにもできなかったが、西原が親身になって世話をした話は壮絶で
郁杜には想像もできない話だった。
「そんなことが……」
「私たちは怜羽が大事だ。可愛い娘に違いないが……どう接すればいいのか迷っているうちに、あの子は私たちから距離を取ってしまった。
一度掛け違ってしまったものは元には戻らない……あの子のために親としてなにがしてやれたのか、今でもわからないままなんだ」
社会的には立派な人格者として通っている倫太郎が苦痛の表情を浮かべている。
「西原に言われたよ。ただ、側にいて抱きしめてやったらよかったんだと」
今さらだがなと、倫太郎は付け加えた。
「それで、あのふたりの結びつきが深いんですね」
「ああ、西原のおかげで怜羽の今があるからね」
郁杜はやっと、自分が目にした小笠原家での怜羽が納得できた。
家族には、なにも気にせずなにも期待しない。
この屋敷で生きていくために、自ら空気でいることを選んだのだろう。
「私たちでは、ダメだった。君は、あの子のためになにが出来るんだい?」
「彼女のための家庭を作ります。なるべく早く怜羽さんを迎えにきます」
少しでも早く、ここではない何処かへ彼女を連れていこうと郁杜は決めた。