これは、ふたりだけの秘密です


『郁杜は出張も多いし、働きすぎるくらいなんだ』と兄から聞いていたが
怜羽たちが引っ越してから、彼は中野のマンションへ毎日帰ってきていた。

『麻布のマンションはそのままだ。仕事が忙しい日はそっちに帰るから』

結婚前にはそう宣言していたのに、真理亜の顔見たさか午後7時頃には帰ってくる。

「お仕事は大丈夫ですか?」
「ああ、夏場はとくに急ぐ仕事も無いんだ」

帰宅してシャワーを浴びたら、真理亜と遊んでやっている。
しかも、怜羽が作る簡単な食事も喜んで食べてくれるのだ。

(こんな家庭的な人だったなんて……)

怜羽が家事や料理を教えてもらったのは朱里からだから、
彼女が得意だったフランス風の家庭料理が並ぶ食卓だ。

夏野菜を使ったラタトゥイユやキッシュ、
日曜日の朝には、クレープも焼いてみた。

牛肉をトマト缶で煮込んでハッシュドビーフ風のものも
郁杜は気に入ってくれたようだった。

「君は、家事が得意なんだな」
「は?」

「いや、彩乃さんは家のことはさっぱりだと孝臣から聞いていたから、
君にも家政婦とかベビーシッターが必要かと思っていたんだ」
「簡単なことしか出来ませんけれど……これくらいで良かったら人に頼らなくても大丈夫です。仕事でどうしても出かける時は日菜子さんを頼みますし」

「そうか……それならよかった。これが君が望んでいた暮らしかな?」
「望んでいた……」


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