これは、ふたりだけの秘密です
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郁杜は杉山の店に向かっていた。
あの夜から郁杜は、つい怜羽を避けてしまった。混乱していたからでもある。
(まさか、彼女が初めてだったとは……)
ゆっくりひとりで考える時間が欲しかった。
なんとなく答えはわかっていたが、それを自分は考えない様にしていただけだ。
そして、気がつけば彼女は姿を消していたのだ。もちろん、真理亜もいない。
マンションの中は火が消えたように寒々とした空間になってしまった。
家族がいるのといないのとでは、こんなにも違うのかと改めて感じていた。
そういえば無機質だった片岡の家も、煌斗と優杏が住むようになって
ずいぶん感じが変わっていたのを思い出す。
(家族の温もりか……)
母が出て行ってから忘れていた感覚を、怜羽が自分に思い出させてくれていたのだ。それをまた失うかもしれない。
漠然とした不安を抱えながら、郁杜は杉山の店に入って行った。
「ごめんください」
「おや、珍しい」
杉山老人は、店の奥に置いたロッキングチェアにゆったりと座り
新聞を読んでいたようだ。
「怜羽ちゃんと待ち合わせかい?」
「いえ、怜羽がこちらに来ていないかと思いまして……」
つい、口ごもってしまった。店を見渡したが怜羽はいないようだ。
「ここに怜羽ちゃんが来てるかと思ったのかい?」
なんだが杉山老人にはこちらの事情を見透かされているようだ。