これは、ふたりだけの秘密です
「でも、空気にだって感情はあるんだけど……」
「ん? なんだ?」
聞き取りにくい小さな声だった。
怜羽に聞き返したが、彼女は何も言わず車から降りて屋敷に向かって歩き始めた。
日が暮れているからか、怜羽の表情は少し暗いようにも思える。
「とにかく、わかったらすぐに連絡するよ」
その声に、怜羽は郁杜の方を振り向いて軽く頭を下げた。
今の彼女には、初めて郁杜と会った時の刺々しさはなかった。
(どうして別れ際にもう一度怜羽に声をかけたのだろう)
門の中に入って行く華奢な怜羽の後ろ姿を見送りながら、郁杜は考えていた。
(なんとなく、彼女が消えてしまいそうに見えたから)
言い訳にもならない答えを見つけてから、郁杜は車をスタートさせた。
(自分によく似た、自分が知らない男……)
郁杜は車を実家のある成城へ向けて走らせた。
彼にはひとりだけ、自分にそっくりな人物かもしれない心あたりがあったのだ。