これは、ふたりだけの秘密です
料理は素晴らしかった。
次々に流れるように季節の食材を生かした和食が運ばれてくる。
味は一流だが見た目にもこだわっているようで、
怜羽は食器や盛り付けの美しさに心を奪われていた。
「美味しいですね」
椀物、強肴と続き、味わいながら箸を運ぶ。
「そりゃよかった」
水菓子が出されるころ、「失礼いたします」と襖越しにしっとりとした女性の声が聞こえた。
すると、目の前の郁杜の表情が強張ったように見えた。
作法通りに襖を開けて中に入って来たのは、60くらいの女性だった。
上品な淡い紫色の小紋を着て、黒地に四君子の模様がある帯を合わせていた。
切れ長の目が美しい人で、所作の見事さが余計にそれを際立たせている。
「当旅館の女将、大林小百合でございます。
本日は、『大林』へお越しくださいまして、ありがとうございます」
お手本のような丁寧な口上だった。
郁杜は黙ったまま、その女性をじっと見つめている。
(この方が私に会わせたい人?)
怜羽は、ふたりの間に見えない緊張感を感じていた。