これは、ふたりだけの秘密です
郁杜の過去
「あら、どちらへ?」
渡り廊下に佇んでいた郁杜に、女将が声をかけてきた。
「庭園を見せて頂けますか?」
「ええ、どうぞ。今は紫陽花が見頃ですよ」
そう言うと、女将はサッと屈んで庭履きを郁杜の前に揃えてくれた。
「ありがとう、お母さん」
「いいえ、会えて嬉しいわ。訪ねてくれてありがとう、郁杜」
ふたりでゆっくり広い庭園を歩いた。
「いきなりご連絡してすみませんでした」
「驚いたわ。どうしても弟の颯太に会いたいって言うから……」
「弟に初めて会うって、おかしな話ですけどね」
「郁杜……」
*******
両親が離婚したのは郁杜がやっと小学生になる頃だった。
その時、母のお腹には颯太がいた。
それ以来、郁杜は母に会っていないし颯太とも今日が初対面になる。
最近まで離婚の理由は知らなかったが、たまたま弟の煌斗が結婚するときに
父親が話してくれたらしい。
煌斗から真実を聞いたときは驚いた。
父が母の浮気を疑ったのが原因だったらしい。しかも誤解だったという。
『バカらしい』
幼いころの両親の不仲は、彼の心に深い傷を残していた。
だから結婚になんの期待も持てず、この年まで仕事に集中してきたのだ。
大会社を動かす父でさえ、妻への愛に執着したばかりに失敗した。
『結婚なんて……』
仕事上の信頼を得るためには考えないでもないが、なかなか踏み切れない。
そんなときに突然この騒動が持ち上がったのだ。