これは、ふたりだけの秘密です
「煌斗は……元気にしていますか?」
母に尋ねられて、郁杜は我に返った。
母は片岡の家に置いてきた息子がずっと忘れられないのだろう。
「ええ、とても元気です。去年結婚しまして、もうすぐ父親になりますよ」
「まあ、それは嬉しいこと」
郁杜がスマホを見せた。弟の煌斗と優杏の結婚式の写真だ。
「綺麗な花嫁さんですね。幸せそう……」
「お母さんが準備してくれていた指輪を贈ったそうですよ」
「そう……あの人、約束を覚えていてくれたのね」
元の夫だからか、父のことを"あの人”と呼んでいる。
「お母さんは、お元気でしたか?」
「少し前に大病をしましたけどね、おかげさまで回復しました」
「そんなことが……」
三十年近い月日が流れたのだ。
その間に母は女手ひとつで弟を育てて、女将の仕事をこなしている。
いったいどれだけのことが、母の身に起こったことだろう。
「もう心配ないって、お医者様に言われていますから大丈夫ですよ」
郁杜の表情から心の内を汲み取ったのか、母は息子を安心させようと
元気になったことを強調した。
「なにか、力になれることがあれば言ってください」
「ありがとう」
母の実家だというこの料理旅館をここまで有名にしてきた人だ。
その手腕はなかなかのものなのだろうと想像できた。
味わった弟の料理も、申し分なかった。今後が楽しみなくらいだ。
郁杜は大人になった今こそ、なんでもいいから母の役に立ちたいと思った。