これは、ふたりだけの秘密です
「煌斗が結婚したなんて……おめでたいことって続くのかしら」
母が嬉しそうに話し始めたので、郁杜も耳を傾けた。
「実は、颯太も去年お見合いをしてね、やっとこの秋に結婚するの。
パリに日本料理を教えに行ったりしてフラフラしていたんだけど……」
「颯太は、結婚が決まっているのですか?」
郁杜は一気に身体が冷えていくような気がした。
「ええ。これでやっと女将の後継ぎも出来るから、私は少しのんびりさせてもらおうと思っています」
ホッとしたような母の顔を見ながらも、郁杜は自分の迂闊さを呪った。
パリで怜羽と別れたのなら、颯太に新しい恋人か婚約者がいてもおかしくはない。
「そうでしたか……」
自分は良かれと思って怜羽と颯太を会わせたのだが、
これでは母や弟の幸せをぶち壊してしまうのではないか。
(最悪だ……)
ふたりの再会をお膳立てするべきではなかったと郁杜は後悔した。
怜羽が子どもを産んだ話をしたら、弟の縁談に支障が出るかもしれない。
座敷に残してきたふたりが、無性に心配になってきた。
「あのお嬢さんは、あなたの恋人?」
「いえ……ええ……まあ」
颯太が結婚すると知った以上、怜羽の存在は母には隠すべきだと郁杜は判断した。
弟に子どもまで作った仲の女性がいたなんて、母に知られるわけにいかない。
郁杜は曖昧に答えてしまった。
「まあ、照れ屋さんなのね。郁杜は」
フフフと笑う母の姿が、眩しかった。
郁杜の思い出の中の母は、父と言い争うか泣いている姿しか存在しなかったのだ。