これは、ふたりだけの秘密です
ホームに新幹線が滑り込んだ。駅に降り立ったら、怜羽とはお別れだ。
突然の出会いから今日まで、短い期間だが思いがけず濃い付き合いだった。
なんとなく郁杜は物足りない気持ちになっていた。
「今日はありがとうございました。あなたもどうぞお元気で」
怜羽がもう会わないと言うかのように、郁杜に別れの挨拶をしてきた。
「いや、明日も俺と付き合ってほしい」
「はい?」
郁杜は急に思いついて話しかけた。
このまま怜羽と別れて会えなくなってしまうのは嫌だと気がついたのだ。
「子どもと一緒に片岡の家に来て欲しい。明日の朝、小笠原邸まで迎えに行くよ」
「え? どうして?」
「俺たちは親戚みたいな者じゃないか」
「し、親戚……?」
それだけ言うと郁杜は手を振って怜羽と別れ、雑踏の中に紛れて行った。
(俺たちは親戚か……)
咄嗟とは言え、自分にしては上出来な言葉を選んだものだ。
タクシーに乗って麻布の自宅マンションへ帰りながら、
郁杜は今日いち日のことを思い出し、ホッとしていた。
怜羽の口から、颯太に子どもの存在を伝えていないと確認できた。
彼女と真理亜には申し訳ないのだが、今の郁杜にはそれが最善だと思われた。
もし病み上がりの母が、間もなく結婚する颯太と他の女性との間に子どもが生まれていたことを知ったらと思うとやり切れない。
怜羽の気持ちより、母の心情を思いやってしまったのだ。
(酷い男だな、俺は……)
よかれと思って京都へ行ったのに、自分は颯太と怜羽を引き裂いたことになる。
なんとかして怜羽に償いたいと、郁杜は思い始めていた。