【短編】追憶
- ごめんなさい、好きな人ができました -
そう書かれた紙だけが置かれていたのは10月。
自宅にはすっかり君の荷物がなくなっていて、
君が残したのは一枚の紙切れ。
涙でふやけたその紙は、
何度も書き直した跡が見えて、
僕はやっとことの重大さに、はっとした。
僕の会社は7〜8月が繁忙期。
新人の僕にとっては覚えることが沢山あって、
家に帰るのが0時を過ぎることも多々あった。
繁忙期が終わった9月からはありがたいことに
新しいプロジェクトチームに抜擢された。
仕事が落ち着く10月まで、
家にいる時間が少なかったから、
その変化に全く気づけなかった。
急いで電話をかけても、流れてくる音声は
無機質な機械音。
「おかけになった電話番号は現在使われておりません」
共通の友人たちにも連絡先を聞いて回ったけれど、
誰1人として知っている人はいなかった。
君の実家にも、何度も足を運んだ。
1ヶ月間通い続けた。
毎日不在のようで、しんと静まり返る夕暮れ、
もう諦めようとした、11月の中旬。
君のお母さんにやっと会えた。
「帰ってください」
冷たく言い放たれたその言葉に、
胸が張り裂けそうになった。
君への愛を見つけても、
君に手を伸ばしても、
届かない。
深く頭を下げ、精一杯の声を振り絞って
出たのはたった一言。
「ごめんなさい、また来ます」
君は指の間をすり抜けていくようで
いつになれば、届くのだろう。