【短編】追憶
楽しかった思い出が、
ひとつずつなくなっていく。
完治するまでは非常に長い道のりである。
治すことはできるが、治った時に
これまでの記憶が100%あるとは言い切れない。
医師からそんな説明を受け、
私が選んだ道は
彼には何も話さずに
1人で闘うことだった。
親には内緒にしていてほしいと頼み込んだ。
彼が忙しいのを理由に
少しずつ荷物を運び出して、
実家に戻る準備をした。
君に贈りたいメッセージはたくさんあって、
あまりに長く続いてしまった手紙。
流石にこれではいけないと思い
荷物にしまい込んだ。
そして、
結局絞り出すことができたのはたった一言、
- ごめんなさい、好きな人ができました -
ただ、それだけ。
私が好きなのは、あなただけだよ_____
診断を受けたその日に、1冊のノートを用意した。
本当は忘れたくないことを記録するためのノート。
最初のページには
「私の大切な宝物たち
わからなくても、大切にして」
と記して、家族と主治医、担当の看護師さんの名前を書いた。
そして最後にあなたとのツーショットを挟んだ。
会社をやめて、
SNSを全て消して、
携帯を解約して。
「この時間がもう止まればいいのに」
そんな願いは叶うことなく、雨と共に落ちた。