ノート

 朝、することもないのでゲームをしていた。
別にゲームが好きなわけでもないけど。
俺が殴られない時間の記憶がそうさせるのだろうか……『この中』で『感じたこと』には、カンベも入って来られない。
どこか安全な世界でもあった。
「ただいまー!」

が。
入って来るやつは、一人いた。
ニヤニヤしながら、俺の顔色をうかがうバカ姉。
「お前がしてるゲームのこと、河辺君に伝えといたよ」

バカ姉は『河辺の入って来ないスペースである場所』を、当人にばらしてきたらしい。

「へぇ」

早く出ていってくれないかなと俺は上の空。
怒っているときくらいは滞りなくしゃべっていたのに、普段の平常心では会話をする気にならなかった。

「お前の趣味沢山知ったよ。あ、本書いてるんだっけ? 読んだんだけど」

「早く出てけ!!」

「そんな言葉遣いはないでしょ!?」

 顔を真っ赤にした姉は、大声をあげた。

「人が親切をしてるのに! 私がなにをした!? ふざけんなよお前今日こそ許さないから」

 掴みかかられ、殴り付けられる。、ドス、ドス、と鈍い音がした。

「お前なんなんだお前が悪いだろうが!」
母が無理矢理止めに来て、バカ姉は撤収された。

 河辺にすぐ連絡をした。
「バカ姉だけはやめてください。お願いします」

彼から来たのは信じがたい返事だ。

「代わりだから。すぐ終わる」

あいつが居ると、それだけで俺は終わってしまう。なぜなら、自制が出来ないしょうがいがある上に、平気で俺につきまとうから。


ニヤニヤした顔。
明らかに代役を楽しんでいるうえに、俺に嫌がらせをするいい手を見つけた顔。
 昔学校でいじめられていただけあって、家では幼い俺を叩いたり殴ったり異物を食わせようとする鬼畜だった。

ノートも、バカ姉から逃げる手段のうちでもあったのに。


 そんなやつに、またいいネタを与えた。
なにもしないで、って。なにもしないでくれさえすれば、よかった。
それだけで良かったんだ。
たったそれだけのことだったんだ。




 河辺が本当に、俺のいやがることしかできないやつだということを実感しながら、俺はバカ姉からも逃げなくてはならないということを自覚した。
どこにも居場所も救いもない。それは「こいつ俺が嫌いなんじゃないか?」 と思ってしまうレベルだった。

 せめて、河辺の感情をどうにかして砕ければ少し返ってくるものもあるのかもしれない。
でもどうやって……

「そうだ」

 ふと、SNSには河辺の作品の酷評をしている人が居たのを思い出す。
俺は綺羅にメールを打った。
昼になったくらいだったから返事は遅いと思いきや、すぐ返事がきた。

「やっほ~☆ 元気にしてる?」

「うん」

「なんかわかんないけど、無事そうでよかったよ」

「うん、心配かけて、ごめん。いろいろあって」

「で? 用事は」

河辺が余計なことしか、しないことを話した。
やめてくれと言っても傷口に踏み込むことも。
ただの友達ってことにした。

「俺の声も聞けないやつが、俺のためになんて言うのはひとりよがりだよ。
そういうのって、一番嫌いなんだ」


「確かに、私も、それは河辺が悪いと思う。しかもなんの説明もないんでしょ?」

「俺、もう一生、あいつを許さないかもしれない……」

綺羅はあははは、と笑った。

「いいんじゃない? 別に。灸でも据えないと、そういう人はわからないと思う。それに、

秋君のためにしてたっていうなら、ここでの正義は

秋君の気持ちなんだよ。

俺は悪くないという相手は結局自分勝手だから」
大事な相手を想ってやったことが悪くないなら、この世からほとんど犯罪が無くなるのかもしれない。

「俺の笑顔がみたいって、言ってたから、さよならする。

あいつが俺のためにやることは全部俺を否定して傷つけてえぐる行為だから。絶交すればきっと、少しずつ前みたいに笑える」

「嫌いなのに、優しいね」
「それで。そのために頼みがあるんだった」

頼みを話すと、いいよ、と快く引き受けてくれた。



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