ノート
庭より先へは行けないまま迎えた夕方というのは、学校に行っていた頃よりも時間が重たく心に張り付くようだった。
気持ちが悪くなり布団の中で寝ているのだけど……すぐ起きてしまう。目を開けるのが怖いから開けておきたくて。
寝ている間に、世界が真っ暗になるんじゃないかと考えると心臓がバクバクと早鐘を打ち、興奮状態が続き、手足は冷や汗をかいて湿る。
未だに、誰からも声がかかることはない。
宇宙に放り出されたような孤独の中。
外は外で作り物みたいなテレビ番組や沢山の「俺みたいな本」が溢れ、気がおかしくなる。
現実に居る誰か、身内ではない、誰か第三者に、手を繋いでほしかった。
メディアや宗教や政治に毒されていない、誰かからただ純粋な手を伸ばしてもらえたら、ここが現実だと知ることができるのに。
投稿していたアプリを開いて、感想を眺めた。
SNSは嫌いなほうだけれど毒されきっていない、一般的な言葉を聞けるから。
現実味を、俺はまだ生きてると、知ることが出きる。
来ていたコメント、感想になごんだら眠れそうだった。
そう、まだこれがある。
まだ、現実に居られる。
新しいメールが来ていたのに気づいて開く。
「移転に伴う、サイト閉鎖のお知らせ」
違う場所を探さなければ。
こんなことならSNS自体していれば良かったけど、あれはいつのまにか機種非対応になってしまった。
自分の周りが次々閉鎖的になっていく。
そのうち、誰にも言葉が届かなくなるだろうか。携帯も最近は不具合が多い。
俺そのものも、頭が痛くなったり、ぼーっとしたり声が出しにくいときと話せるときがあって、不具合が増すばかりだ。
まだ見られるうちにと、サイトを見て回っているといくつか怪しいアカウントがあった。
その多くが、黒い猫、蝶、桜、紅葉の画像がプロフィールにあるアカウント。本人かはわからないが、マイの名前もいくらか見つかった。
それらは、まるで俺に無理矢理似せてるような趣味や性質のプロフィールが多かったり、俺が書いていたものにわざわざ似せていると思う内容だったりした。
ドッペルゲンガーが大量に見つかった気分だ。
「なんだ、これ……」
気味が悪いのは、なにより内容。
俺がどんな学生で、好きな食べ物は……というのを誰かから聞き込みして書いたような小説。
そしてアカウント名みたいな名前の主人公。
『ここも』
俺を書いてるみたいだ。
考えられたことだ。
たぶん暇な作家が居て、兼業してるのも混ざっているだろう。それに俺自体を消したいのかもしれない。
騒動になったり直接コメントするのが怖いなら、俺が庇えばいい。
だから直接言えないことを、売り出したりしないで。
そのほうが卑怯なやりかたに見えてどんどん嫌いになっていく。
アプリを閉じると、メールが来ていた。
木瀬野さんからだった。
「あちこちに聞く限り、
きみの親が、有名人なんだ。
それであちこちに手を回してるみたいだね。
自分まで掘り返されるからきみの情報を出せないのかもしれない」
どういう意味か、わかったようなわからないような。
自分が明るみになるだけで、俺を捨てた親がどうにかなるのか……
何も言わない親なんか親ではない。普通の一般人として生きていける方法を探せばいい。母には苦労があるだろうから。俺だけでも、縁を切る方法がないのだろうか。
今まで通りの一般人としてうまく普通の周りの人たちに紛れ込むには……見もしない形だけの親と縁を切るには。
知らないことばかりだ。
俺の邪魔をしてあちこちに手を回してきた理由が、自分が明るみになりたくないからなら。
縁さえなくなれば困らない。
ひとつは、俺が死ぬこと。次元が変われば明るみにもならず、邪魔もされない。
それから、縁を切り一般的な個人情報を築き上げること。
警察とかも、確かそういうことが出来るんじゃなかったか。
被害者を守るために、個人情報を与えることがどうとか、昔ドラマで見た気がする。
関係自体を断ち切り、俺が俺としての個人情報を獲得できたら、父とか言う知らない生物が、こちらに手を回し辛くなる。
不用意に巻き込まれた人だって居ただろう。
だけど、それも減らせる。少なくとも俺に手を回せない分、犠牲が減るのは期待できた。
無理に出ていけば、殺されるならそれもまた本望だ。
親のせいで……ごめんなさい。
心の中で誰かも知れないたくさんの誰かに謝る。 俺を殺すまでの辛抱。または、俺に違う個人情報を築くまでの辛抱だから。
メディアは嫌いになったけれど、だけど沢山の人に、苦しい想いをさせないで済む。
俺が出ていけば、それだけで誰かが自由になる。恨みからあんなものを作るなら、それも減るだろう。
そう考えたら自分にもメリットがある。
たくさんの誰かを縛り付ける鎖を無効化することが出来る。
長い目で見れば、だけど。
親が権力者なら、
俺はそんなの関係ない、みんなの側に立ちたい。
自分がどうにかなれば、誰かがこんな不毛な想いをしなくていいのだということに、親との繋がりで気付かされる。
生んだなら、俺を殺すのが、親の役目だ!
みんなが自由になる。
それで死ぬなら、笑顔で。