ノート
家に近づくにつれ、乾いた咳が出始めていた。

「風邪かな……」

それともたくさん話したから。でも、久々の外出。
悪くなかった。

 帰宅して、二階へ上がる。
さて部屋に入るか、とドアの前に立ったとき、連続して咳き込んだ。
少し咳をすれば楽になると思った咳が、また咳を呼び、どんどんと咳へ変わる。
甲高い悲鳴みたいな、うるさい小型犬みたいな咳になり、痰が絡み始め、息がどんどん苦しくなる。

「う……っ、ぐ、え……」

口の中が、何かでいっぱいになる。
ぷるぷると震えていたら収まったので、よしドアを開け――ようとして、だばっと、塊を吐いた。

「………………」

思考が一瞬停止する。
改めて、考えると、汚い話だが痰がある程度かたまりになったものだった。
それを、一気に吐いたらしい。
「…………風邪かな」

唾液と違ってなんというか、片付けが大変だ。
自業自得だけれど、予想外だ。そのあとも咳が、出て、また咳が出て、止まらない。

「なっちゃんとか、来てなくてほんとよかったな……」

呆然と、辺りの惨状を見渡す。水浸し。
いや、水なら拭けば早いんだけど、細かくは語らないでおこう。
しばらく掃除をして着替えた後、部屋にへたり込む。

「つかれた……」

ごほごほ、と咳がついて回る。突然吐いてたら、驚かせてしまう。もう、ないといいなと思った。

随分昔、喘息ぎみで、痰を出しやすくする薬を常用していたのでこんな風にいきなり吐くことは、あったけど、今のこれは久々過ぎて対応出来なかった。

(治ったと思ってたんだけどなぁ)

ストレスで、なにかがぶり返したのだろうか……
今、病弱っ子に戻るのは、どうにかしなくてはならないというのに。なかなか、うまくいかない。
脱いだ服を持ち、ドアをそっと開けて降りていくと母が帰宅していたらしく、台所から気配がする。反対に姉はどっか行ったらしい。

「あら、秋弥。帰ってたの? 今日は、お刺身だよ。

なんと近くで屋台してたからお好み焼きもある。おまつりじゃー♪」

確かに、いいにおいがしている。母さんはいいことがあったのか機嫌良さそうだったけれど、俺はなんだかつきりと胸が痛む気がした。

「毒入りパンケーキはないのじゃー!」

テレビの真似をして、母さんがおどける。

「そう……」

小さい頃と違い、今は、なんだか、ただ、悲しい気がした。

「あー、そんな、ノリの悪さだと、白い服を着たノートのお化けにおそわれるんだからー!
見た?
先週の『お化けのノート』」

「見てない」

ドラマに影響されて、母さんがタイトルや内容を嬉々として語る。
胸が痛い。苦しい。

「こほ、こほっ……」

咳が、出る。咳が、止まらない。イライラして、咳に、変換される。咳が、止まらない。

「こほ、こほ、ごほっ、がはっ!」
洗濯機のそばのかごに、服を投げ入れる。
喉が痛い。
はりつくようにヒリヒリする。テレビなんか、嫌いだ……
落ち着こうと思って、彼、を思い出す。なっちゃんを思い出す。今日あったことを、思い出してみる。

 母さんはテレビが好きだ。母さんたちや、年配の世代は、洗脳されてるといっていいくらいテレビを見ている。
だから家にずっと居るとどうしようもない、悲しみと、やり場のない苛立ちでおかしくなりそうだ。

「なにが……『お化けのノート』だよ」

吐き捨ててみる。

「なんて脚本だよ……なんでそんなの流行らすんだ」


 台所方面から、母さんが何か歌うのが聞こえる。

咳が、出る。咳がとまらない。むずむずと鈍い痛みが、喉にまとわりついている気がする。

「おまつりといえば、
前にテレビ出てたサコさんって、面白いわよね! ねぇー? 秋弥」

話しかけてくる。
咳が出る。どうしていいか、わからない。
どうせなら殴られた方がまだ良かった気がした。
形にならない、やり場のない、足のつかない暴力……
こんなことが、辛くて、悲しいなんて他人に話せない。

 なにも言わず部屋に戻って、机に向かいハサミを握りしめた。

縦に、皮膚を引き裂く。白い線が引かれ、少しして、赤い線になり、紅い水滴が膨れ上がってたらりと流れていく。
きれいな色。きれいな血。
痛い。


痛みは、ときに、救いだ。
どんな感情よりも人間の感覚を一点に集めてくれるから、心にすら居場所がない俺が唯一、安らげる。


机においていた携帯からメールが来ていた。

『元気だよ』

なっちゃんが、そっけなくも、普通の返事をくれた。
なんだか、少しだけなごんだ。
しかし姉からもメールが来ていた。
『あんた、アプリとかやってんの? なんか投稿とかしてるの? やめなさいよ?』


なんで。
俺が一人になれる場所は、
ないんだろ。
最近は少しだけペースを落としていたがアプリに、現実逃避していた俺は、再び繋いでみた。
バカ姉の名前……のアカウントから、コメントがいくらか来ていた。
明らかにバカ姉よりは賢そうな文面のときもあるし、アイコンだけ絵が上手かったりするから、本人かはわからない。

見ているよ、という圧力。
どんなに、一人になりたくても、周りに知り合いがいると傷つくし、傷からどうにか逃げたくても、いちいち……

きっとカンベが居るから、見せてもらってるんだろう。
ひどい。

『やっほー! 仲良しきょうだいです』

みたいな大嘘を、逐一コメントしてきたり、逐一、メールや電話をされたら、もう居場所がなくなってしまう気がした。



――――カレーはレトルトだよねぇ~


――――ひとでなし!



いつかの言葉が、まだ、脳内を巡っている。

「やっほー! 《ノートのお化け》さーん☆ うらめしやー!」

ドアがガラッと開けられ母さんが部屋に入ってきた。
慌てて携帯を閉じる。
ついでに長袖をはおった。

「ノートのお化けじゃないし……いきなりなに」

ずいぶん、書かなくなったままのノートを連想する言葉だ。

「いや? 何してるかなと思ってぇー! じゃあ、お化けさん! うらめしやー!
こわーいからノートには名前書かないでねぇー?」


殺意がわいた。
この場合恨むのは脚本家やテレビ局なんだろうけれど……
そういえばつい最近アニメ会社に火をつけるニュースがあった。ネットで調べた限りじゃ結構、虚言癖だとか、かまってほしいだけとか犯人には冷たい姿勢みたいだ。そりゃ、あんな被害が出れば仕方ないだろうけど、
そういう風に、捉えられてしまうに決まってる。



そっと、ノートを取り出してみる。楽しかったこととか、悲しいこととか書いてあった。
とても、内容がなまなましく、売れるような内容ではないと思う。

 思うのに、勝手にアレンジしやがった、こんな被害になるくらいまで我が儘に晒したカンベに、激しい呆れと軽蔑しかない。

だからこそ、俺が、好きだなんてバカにしてると思った。
見下してて嫌ってて利用したなら、まだ許してやれたのに。
なんで、なんて能天気。

好意でやることか?





「そんなの、キモいだけじゃん」


昔、クラスかなんかで好きな女子のリコーダーを舐めた発言をしたやつが居たのを思い出した。
次の朝、咳込んで目が覚めた。
 最近は比較的普通にしゃべれていると思ったのにな、また声が出しにくくなるのだろうか、休んで安心することが出来ているからなんだろうけど。
でも、確かにメールとかが多くて声自体を出す時間は減ってる。
昔は、すぐ苦しくなるから、会話よりも文字を打つ方が好きだったっけ。


 なんて考えつつ、起き上がると目の前に母さんが立っていた。いきなり、入らないでくれたら良いのに。

「病院行くわよ」

「……はい?」

「早く。準備して。あんた昨日から身体おかしいでしょ」

「……はい」


咳の酷さが、バレてたらしい。そりゃそうか。
国立とかだったら検査が長いし、すぐ採血されるし、そもそも、待ち時間が長いのでどうしようと思ったが、近くの病院に出掛けた。

診察はわりと一瞬だった。
聴診器をあてたり、アイスの棒みたいなのが口に当てられただけ。痰を出しやすくする薬とか、咳止め系が出された。

……まあ、こんなもんだろうな。

「じゃあ、吸入するから、向こういってて」

と奥の部屋を指される。
リサなんとかって言ってたけど聞き取れなかった。
――しかし、この機械、なんか、好きになれないな。


と、いつ見ても思う。
ラップの芯より細い芯みたいなのを口に入れて、蒸気を吸い込む。

もう少し、こう……いい形があるだろうがと思うのだが、ないんだろうか。
医療機器メーカーに要望したいくらいだ。
看護師さんが機械に上から薬をセットして、スイッチをいれて「これなくなったら呼んでねー」と去っていった。

近くに、かごが置いてあって荷物が入れられるようになっているが、そこに「簡単☆おかずの本」とか、知らないスマホが置いてあった。

うわ……なんか、やだな。
まさか起動なんかしないだろうけど、嫌だなぁ。
と、上着をぬいでわざとスマホが隠れるように置いた。

改めて要望したくなる。
もう少しいい形ありませんか……
どうにか時間をやり過ごした。吸入したら楽になるという人も居るけど……
なんていうか、あまり真剣に口にいれたくなかったので、少し浅くしていた。
でも多少マシになった気分だった。

ここだけ切り取ると、なんかヤバいやつみたいだな。
なんてどうでもいいことを思ったりしたが、とにかく。
あとは、帰るだけか……

ちらっ、と待合室を見渡す。
数人、老人や中年の人が居るだけでそこそこ空いている。
母さんが、少し待っててと車の方に向かったので待って居ると、外に、ちらりと見知った姿を発見した。
あの薄い色をした髪の人だ……心が読めるとかいう。

追いかけたくなったが、母さんがすぐ戻ってきて、それから会計などをすませた。
しばらくして帰宅した後、俺は家を出た。
母さんは安静にしてほしいみたいだけど、あの人に、話を聞きたかった。
でも……どこにいけば。
それに忙しいって言われるかもしれない。

まあいいや、少し歩くだけ、それで、帰る。
なんの確証もないけれど、半分こもりがちになっていたからせっかく外に出たのが、このまま一日終わったらもったいない気がした。

着信音が聞こえて、きってなかった携帯を見る。

「綺羅でーす」

出てみたら綺羅だった。
京、って名乗っている綺羅。

「またクロネコたちが、暴れてるみたいだね。って、平気かな?」
「クロネコ?」

「んー、あぁ、いいや。とりあえず、今、暇?」

「……歩いてる、暇といえば、暇」

「そう。歩き携帯はだめだよーって、私がさせてんのか、ちゃんと周り見ながらね」

「今、誰もいない」

「よかった、じゃあ聞いてね、
中卒グループたちのコメとか気にしなくていいからね」

「……え?」

「『戦いで負けたことないんだ』とかなんとかってリベンジがどうとか嘯いているみたいなんだけど、でも、私が知る限り彼ら自力で勝ったことないのよ」

「……自力じゃない?」

「そう、体験したでしょう。
裏に呼んだり、お金渡したりして!
あんなの勝負じゃない。
あのときも私がたまたま見かけたから、なっちゃんに教えたけど、ほんと信じらんない」

綺羅は……
そういや《どこまで》知ってるんだろう。味方は、ありがたいけど、なんだかその強さが、余計に胸が痛かった。
というかまたアプリの方になにか、コメントされてるのか。
あとで確認するかな……
細かくはあまり見てなくて、よくわからないけど。

「そのと、きは、ありがと」

咳が出ないように、細かく区切って話す。
前にもあったけれどこれは風邪というより、ある意味、ストレスでぶり返した炎症みたいなものだと思う。咳が出なくなるならなによりだから同じようなものなんだけど。

「あ、風邪? 今流行ってるんだから気をつけなよ。
近所の人とか結構引いてる」

「うん……、気をつける」

運動会の練習で、歌を歌って熱が出ていたレベルなので、俺はそもそも話すのが嫌いなのだ。声を出す、正しい声の出しかたがたまにわからない。

最近久々に長く人と話したり、ちょっと、うかれてたんだろう。忘れていた。たまにある。
しばらく話したくないと思ったり、それすら忘れて声をだしたり。

「しかし秋君っていい声してるよね」

「え……今、喉痛い、掠れてる、、じゃね?」

「声優とかなったらよかったのに」

「いや、やめて、俺には、無理、本気で」

似たことを小さい頃に言われたのを思い出しながら全力で拒否した。ボイストレーニングはした方がいいかもしれないが。

「そう? まあいいや、で、そういやどこいこうとしてたの」

「……あ、の、その、病院近く、あの人、見かけたから、どうしてる、かなって」

「あぁ。そうなんだー、仕事だったんだろうね」
テレビや広告や地域全体を包む苦しい空気が逃げ場もないくらい襲いかかってくる、この言葉にならない気持ち、どこにもやり場のない苦しい気持ちを、ほんの欠片でいいから――――
と思って、慌てて「うん、忙しいなら、仕方ないよね」と言った。そんなの綺羅にぶつけても仕方ないし、忙しいなら邪魔しちゃわるい。

「よっ」

後ろから、声。

「わっ!」

そして、振り向くと彼だった。
「俺のことよんでるみたいだから、来てみたぜ、なーんて。どうしてるかなーって、様子見に来ただけなんだけど」

「綺羅、あの、……えっと、ごめん、切るね、じゃ。ありがと」

通話を慌てて終了して改めて、彼の方を向く。

「こ、こんにちは」

「おー、こんにちは」

「お、仕事、でしたか」

「アンタが行った病院の近辺までな。
いやー、そしたら雑念がわんさかいやがる。
本当に、変なやつらつれてきてるな」

「はぁ……雑念、ですか」

「盗撮に、痴漢紛いに、外国からのスパイ。ちょっと出歩くとぞろぞろ来てる。
面白いわ、喜劇かっつーの」

「喜劇的なオチがつくと、いいですけどね」

「いや、本当に、あの病院で、
おかずになるとこだったぜ。ククク……」

やっぱりあれは、あの病院の配置は、狙ってたのか。

「もしかしたらマシになってるかと思っていたんです、ただの偶然ならいいなって」

がくりと項垂れると、彼は同情を示すように、背中をさすった。
「残念だが、まだ、続いてる。
まぁおれの恋人曰く、やがて終わるらしいんだけどさ」

「……だといいですね」


恋人が居るのか、とかやけに確信的な物言いだなと思ったけど、まあこれはそんなに深く考えなくていいだろう。
作家がどうとかはよくわからないけど、せめて、日常生活が送れるようにして欲しい。
これじゃあまともに出歩くのすら苦痛じゃないか。
ふとなにか音がする、と思った。
「すいません、ちょっと、待っててください」

家に引き返すと母さんが、庭に出てきていて、きょろきょろしているのが見えた。

「鍋がないのよ。盗まれたみたい、最近誰かがつきまとってる気がするのよね、この前も庭にあった石が、減っていたし」

自分の問題だけでも、面倒だというのに合わせたように、なぜ母さんにも問題が起きるんだろう。

「犯人は、きのこの、軸だけ置いてくの!」

姉に電話しているらしい。
手にはキノコをもっていた。
いつも庭に置いてあるんだという。


「はぁ、毒あるかしら、もう少し、茄子とか、トマトとか、わかりやすく食べられるのにしてほしいわ」





「テレビが少しずつBPOの目に止まり出したからな」
後ろから小さく声が聞こえて、振り向くと、彼が俺の横で見守っていた。
 確かに少し前、サコさんがテレビに出ていた番組が倫理違反だとか話題になっていたところだった。
しかし、なぜ、キノコ……
それもカサははずされてるらしい。自転車のサドルがブロッコリーやニンジンになる事件は知ってるけど、キノコ……
後ろにいた彼が、その場から立ち去っていくのを追い、俺もそこから退いた。



 それからも、母さんはおかしくなっていった。
些細な変化だったけど、積み重なるとだんだん嫌になってしまう。
テレビのノリを真似するのはもちろん、何かあるとチョコを買ってくるようになったり、四つアイスを買ってきたり、ブログの方に雑談でカレーが食べたいと書いてたら、母さんからも「今夜はカレーが食べたいよね」と言われたり朝ご飯に玉子焼きが出た話を書いたら、億劫屋な母さんが朝それから毎朝3日は玉子焼きを出すようになったりした。
 それから帰宅すると、テレビを数時間かじりつくように見ているのだが、殊更に土曜日にやってるアニメを見るようになった。

変だったのは、ネットなんか見てない母さんがなぜ、意識したような行動にも見えることをばかりするように見えてしまうのか……?

考えていたある日ふと気付く。
そういう日は、大抵、母さんは姉と電話していた。
家に帰ると、母が叫んで暴れていたことがある。
 それだけで、直感的に何があったかわかった俺は慌てて部屋に向かったら、姉とすれ違った。
「おかえりー」
「ただいま」

と上の空な挨拶をして机へと駆け寄る間に姉は外に出掛けた。ラーメンを食べにいくみたいだった。誰か、友達とだ。

 駆け寄った机には、俺のノートが数ミリ移動した場所におかれていて、俺は気が動転しかけた。下からは、母の暴れる声がしている。
あいつにだけ見栄を張る母は、俺と二人になるとたまに感情を爆発させることがあって、だから知られないようにと努めて、家じゃなんにもないようにしてたのに。

俺のノートのことをぺらぺら話したのはバカ姉だ。
知られさえしなければおかしくならなかっただろうに……
不安になった母と二人で情報共有でも始めたのかもしれないし、カンベと仲良くするからかもしれない。
だとすれば、居場所はどこにも無かった。



――橋の下で拾ったのよ。



小さい頃、母さんが言った言葉。
冗談とわかっていても、そうなのかもしれないって感じながら過ごしてきた。
とても小さな頃の話を、母さんや、バカ姉たちはしない。

 本当に、橋の下で拾われたみたいなどこか違う血が混じってるみたいな不思議な違和感を覚えることは度々あった。
理由はわからなかった。

両親の話をしてほしいと言った3歳のときにこっぴどく怒鳴られた。

居場所だと、思おう、思おうとした。
そのうちになんだかだらけた感じになってて
『慣れた』つもりになった。
でも、他人な気がした。

いつか、旅がしたいな。
なんて、昔の小説みたいなことを思ったりした。
本当の故郷が、どこかにあるなら、やはり求めてみたくなるのが人間みたいだ。


ノートを書いていた。
ずっと書いていた。
いつか、旅が出来るかもしれない。






「俺の人生を壊す気か!!」

 電話がかかってきて、
うっかり通話ボタンを押したら知らない声から怒鳴られている。朝から、嫌な気分だった。

「このアホ! ほんと、引っ込んでてほしい、言っとくけどあれつまんないからな!」

言っておいて、いったいどうなるというのだろう。
そうですか以外浮かばないのに。
「俺が、生きれなくなったらお前のせいだ! 何様なんだよお前、妬みやがって」

妬む?自分の人生を自分で妬むやつはいない。
何も感情がわかなかった。

「羨ましいんだろ! 羨ましくて羨ましくて素人が、暴れて、恥ずかしくないのかなぁー? 泥棒」

「素人に絡むプロよりは恥ずかしくないですよ」

思わず口をついて出た言葉。
素人、とかいう言い方をするのはプライドが高い経験者なのだろう。どうでもよかった。心底興味なかった。どんな作家だろうとまったくもってどうでもいい。

旅に出たいな。
ビルとかから翼で飛びたい。
死ぬ前に、探偵でも雇って――身分調査してもらおう。



まず書類を書くのに困る。
バイトとかなら適当でいいかもしれないけど、マイナンバーとかなんとかが出て来たし。
家にも保証人とかあるし……
親を教える気がないのは、昔わかったけど、それで迷惑するのはこちらだ。
「さてと」

 電話を切ってから服を着替える。
朝御飯をカップ麺で済ませて顔を洗って――
手にはデジカメを持っている。



「行くか」


朝焼けが街を染めていた。
名前を知らない鳥がぱさぱさと羽を広げて群れをなしている。ひんやりした空気を纏う道を歩く。
車が付いてくる。誰かが付いてくる。生きてるという証拠として、デジカメを向けて景色を撮影する。何か、何かを残さないと心がなくなって行きそうだから。

「しゃべれもしない政治家が」

「あの席、勿体ないわよね」

 早起きなおばさんたちが、わざとらしく歩道の途中で会話をしている。ちらっとこっちを見た気がした。
しゃべれもしない、とか、特別扱いするせいで予算が、とかまるで自分に言われてるみたいだ。
わざわざ、近くまで来てそんな話をされることは今までもあった。わざわざ話題作りしてるんだとしたら、酷い話題だ。

走っている車は、87とか11とかなんとなく気になる番号の組み合わせが多い。
昔何かで聞いた、番号屋を思い出す。いろんな番号を販売、取引してるって。すごい番号だと100万とか越えるとかって、都市伝説みたいなやつ。


 外は怖いけど、誰もいない時間なら、大丈夫。
そう言い聞かせて出てきた。
何かを忘れている。
なんとなく、図書館に行こうと、思った。
朝早い図書館は誰もいなくてまだ開いてなかった。
人の群れの代わりに小さな鳥が戯れて飛び回っている。
 ひんやりとした朝の空気に冷やされ、誰もいないでひっそりと役目を待ちわびてるベンチがなんだか心地良さそうだった。
 外にある椅子に座ると、ゲラゲラと笑った。
よくわからないけど、誰も居なくて快適だと思った。
ポスターは、かぼちゃか何かだと思うことにして……


ぼーっと遠くの水平線を眺める。ゆったりと景色が揺れている。

「あれっ」

と声がした。誰かが俺を見つけて近づいてくる。

「――もしかして、秋弥、くん?」

誰だっけ。

「ほら、覚えてない?
僕は木瀬野 蘭多」

「……誰?」

黒髪で、引き締まったジーンズを履いていた。

「えっ、怖い……」

「あれ、忘れちゃった? 困ったな。きみが人生で影響を受けたっていう、作家なんだけどな。きみもよく僕のこと気に入ってくれてたよ」

「そう、なんですか?」

なんだか違う気がする。
でも、はっきり覚えてないからよくわからない。
漫画家の青山さん?も似たことを言っていた気がしたけど、影響は二種類あってよほど好きなものに感銘を受けるときと、つまらないなと思うものや物足りなさを感じて影響されるときがある。
今、あまり部屋に本がないし、後者の可能性は高い。
影響を受けただなんて言ったら……

あんまり、言いたくない。

もう一度、言うが保育園や小学生のときに読んだことの教育的な意味か、つまらない、物足りないと思って……それくらいにしか影響なんて、使わない。

「あわわわ……」

いいの?
そんなにはっきりと自虐みたいに。それともそんな判断をしないくらい子どものときに読んだなにかの作者なのか?

「ふふっ」

と木瀬野さんは吹き出す。

「そんなに慌てなくてもいいよ。覚えていないみたいだね」

そしてどこか冷めた目をして去っていった。
なんだったんだろう、
 穏やかなしぐさなのになぜか今は怖かった。



 歩きながら久々にアプリをつけると、今度は驚くほどコメントが無くなっていた。
見ない間に削除されたか何かがあったらしい。
よく、わからない。

昔のノリでまた集まってくるだろう……
気にせずに、一人でコメントしておくことにした。





error2019080217:44

――一人でずーっと喋ってて、気持ち悪い……


――あいつ、誰も近づかないのにマジで不気味だわ。


 あちこちのスレッドが賑わうようになると、そんなコメントが目につき始めた。
あいつはなぜ誰も居ないのに喋っているのか、という議題で遠回しに話を始めているみたいだが、内容がどこか自分のことをさされているようだった。
恐らくカンベとかあのあたりだろう。

近付いていた人は、居なくなっていたし、あんな風に騒いでいるのが、作家自体ともなれば、誰も畏れ多くて話せなくなるだろう。
雑談の中に、木瀬野、という名前もあった。


「あれ……?」

なんとなくボタンをおして読み進める。



「僕は謝った。謝ったのに無視されている。
人生を壊す気だ。
あいつ絶対投稿禁止目論んでる。
妬んで嫌がらせ始めたみたいだ」
知らない誰かが
「あいつに話すのはやめましょう、みんな、約束!」
と反応する。


携帯やパソコンのデータを抜き取ったりしていないし、
火事でビルを燃やしたりもしないし、多少なにか呟いたって
一市民が投稿禁止なんかにできないくらいに会社は権力化してるのに、大袈裟だ。
一般の大半からは来なくなってはいたのだが、代わりに謎のアカウントからメッセージが連投されたりもした。


最高なものは誰にも見せないんじゃなかったのかな?(^^)じゃあこの子たちは最高じゃ無いのね~

2019-08-07 18:33:44


自然な笑顔は素敵だけど作り笑いは不気味。いつもニコニコしてる人って裏がありそうで逆に怖ーい

2019-08-07 18:30:50


作り笑いのBSにお疲れって言われても嬉しくないよ

2019-08-07 16:01:17


スレって日記じゃなくなーい?スレルールでも作ればー?(^^)まぁ作ったところでボッチ確定ですけどw

2019-08-07 15:14:07


そもそもさー鍵も付けられないのに晒すのは危ないよー?(^^)スレの立て方も分からなければ尚更ね

2019-08-07 15:10:31


あーあーせっかくのお顔消えちゃった。でも大丈夫だよねぇ?見えないお友達なんだもんねー?脳内でお幸せに~\(^o^)/バイバイ

2019-08-07 12:43:15


こっちは別にいいけどあっちは顔付きじゃないと喋れないのかな?(^^)自分を隠して相手に喋らせるとか卑怯すぎウケ

2019-08-07 12:38:40


あ、そういえば金魚だった。ハムちゃんに失礼だよね…ごめんね(>_<)でも金魚にも失礼か

2019-08-07 12:34:52


お花畑ちゃんこっちはミュートしてあっちはしないのー?

2019-08-07 12:29:37


てかいうかもうわざとでしょ。自分から当りに行ってるし当り屋かよどえむ

2019-08-07 12:28:37


図書館に行って少しは賢くなったー?

2019-08-07 12:26:48
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空回ってるのハムちゃんみたいで可愛いね!向日葵のタネあげようか(^^)

2019-08-07 12:19:32


決めつけるのは勝手だけど自分で天井つけたら最も高くはならないけど

2019-08-07 12:17:21


ていうか「本物」なら脳内会話できるよね。わざわざ大公開して恥ずかしくないんだ。喋らせてるの可哀相

2019-08-07 12:08:03
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鰯の頭も何とかって言うし別にいいけどさ自分にとっては宝でも他人にとってはゴミ大事なら晒すのやめれば?(^^)

2019-08-07 11:57:14




 怠い……それだけだった。
悲しいのか痛いのか、よくわからない。少し前まで泣きすぎてしまったのか、なんだかただ心が麻痺していた。
走る車の、なかでも曰くありげなナンバーと地域を大体確認してから一旦帰宅する。
誰だって何かあったら大事にする準備くらいするだろう。
 台所に今日は休みらしき母の姿があった。

俺を見かけるとニコニコと近より――奇声を発した。

「テテテテッテテッテテッテテン」

「かあさ……」


「テテテテッテテッテテッテテン」

「どうしたの?」

「テテテテッテテッテテッテテンファイト!」

何を話しかけても、この調子でニコニコしていて寒気を覚えた。まさか……バカ姉からなにか洗脳されてるのか。


「た、ただいま……」

「テテテテッテテッテテッテテン」
母さんが、不気味だ。姉も狂ってしまった。

「ごめん、用事あるから!」

慌てて引き返して道を駆け出す。怖い、怖い、怖い。
背中からあれがまた聞こえる。
「テテテテッテテッテテッテテン」
 まるで呪いの歌。なんであればかり言ってるんだ。家はつらい。でも外も、もっとつらい。
テテテテッテテッテテッテテンテテテテッテテッテテッテテンテテテテッテテッテテッテテンテテテテッテテッテテッテテンテテテテッテテッテテッテテン
「――――――っ!」

 がくがくと顎が外れて、人形みたいに口がぱかりと開いて、魂が抜けていくんじゃないかとすら思う。なんだあれ。
怖い、あんなのは母さんじゃなかった。
 どうして周りが狂っていくのだろう。何のためにここまでしてまで賞だとか誰かの名誉を守るのだろう。
ただアイツの頭がどうかしてるってだけで不法侵入も、暴行もつきまといも、許すのだろうか。
だいたいあんな異様なやつ、そうそう居るものなのか。

(コンクリ、って言ってたな……)
ふと、頭に浮かんだ彼の言葉を思い出す。

「コンクリ……コンクリートの、事件?」
「おーい!」

 前方の曲がり角から人の声。ふと見ると、あの人だった。
心を読めるとかっていう……
それから隣には綺羅が居た。

「おはよ~☆」

「お、おはよう……ございます」

 明るいふたりを見ているとなんだか動揺が少し和らいだ気がする。

「えっと、事件の捜査、ですよね」

「そうそう、今は交通事故の証拠探してるだけだけどな。
一人、女性が死んで、その踏みつけられた手首の皮膚からコンクリート片が見つかってさ……今、手首を踏みつけるのにつかったコンクリを探してるってとこ。コンクリっていったら別の事件浮かべるけど」

「そうです、か」

「コンクリ繋がりで別の似たような思念も寄ることあるし、まぁ、情報ってやつはあると便利だから」

「……えぇ」

綺羅も、そういうこと、とウインクした。

「でさ、さっきなんか仕入れてきただろ?」

がっ、と彼は腕を掴む。
目付きが輝いている。

「えーっと……」

「ナンバーだよ、ナンバー! 確かにああいうやつ、地味に好きな番号にこだわったりするからな」

俺から読んだらしいナンバーを彼は携帯にメモしてどこかに送る。

「堺に、堺に……浪花に……、よっし! なんかあるといいな」

「あると、いい、ですね」

「堺わりといるなぁ、離れてんのに」




「ところでだが、俺は気になる点がある」

彼は、俺をまっすぐ見たまま、やけに怖い顔をしていた。

「なんで、しょうか」

「心をずいぶん読ませてもらったが……キラキラしたものが、たまに降り注ぐのが見えると言ったな」
《《!r1DrxPoM|レーザー》》
「それが、何か……」

「目の動きと連動するか?」

「いえ……」

何を言いたいのかわからず、言葉が返ってくるのを待っていた。

「似たような事例が昔あった。そのとき……いや、まさかな」

「あの……」

「量子ビームの、可視光じゃないかって思っただけだよ」

現実離れした言葉だった。少なくとも、現在、聞いたことが俺にはなかったのだ。

「確認するけど、光の粒が点在し、雪みたいに降っているときがあるんだよな?」

頷く。それは、キラキラした、綺麗な光だった。天使か妖精が降ってきそうな。

「たまに、青いような光も、見えました。目か頭がおかしくなっただけだと思って」

「なんとなくだが、それだけではないかもしれない」

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2019.9/23


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