ノート
それから数日、俺はアプリや掲示板をチェックするのが増えた。
何故なら書き込みが過激になっているところが増えており、やけに愚痴板なども盛り上がっていたからだった。
内容はもちろん、次はどうやって取るかや、リンゴ(監視、監視内容の写真等を仄めかす隠語になっているみたいだった)をネットに安全に上げる方法などの多岐に渡っていた。『リンゴが使えないと潰れるところもある』とか書かれていたが、なぜ俺を監視出来ないと潰れるところがあるのかはいまいちわからない。
本当はあんな話題であまり公共の場を占領し、乱したりしてほしくない。というか勝手に俺の名でサブアカウントを立ち上げての一人相撲を始めないで欲しい(眺めるだけにするはずだったのに、同レベルに見えて恥ずかしい)ものだが、申し訳なさと同時に、主犯の人物に近付ける可能性があることの期待が高まっていた。きっと今、自分たちの立場が絶対だと思っているからこそ、大口を叩けるのだろうから、過激なうちに……集められる今のうちに、証拠を集め、手口を集める。怪しい車が居たら番号か地名だけでも見ておく。(浪花とかが多い)
逃げられないように身内や知り合いを見張りにされて監視されている俺が今のうちに出来るのはそれくらい。
集めるだけ集めて、出来るだけ残して、もし俺に何かあったとしても、記録だけは残りますようにと願って、携帯に記録したり、外に上げられそうな写真はなるべくネットに上げたりと、無駄に膨大な数の証拠集めに奔走した。
早く終わらせたい一心だった。
直さんのことがふと脳裏に過る。河辺の他に、直さんのような理由で外に出てほしくないという人が居る……わけが、わからない。
将来も、今のことも、どうしたら良いのかわからないことが余計にこのことを早く終わらせたい理由になった。ずっと張り付かれていても、
学校や店だって、みんな作家の話をするし、作家のせいで関係ないのに追い掛けて来た。何処にも安全に行けないし誰も面倒を見てくれない。
出版社は、作家を守っている。
そんな状態で、どうやって将来を見出だしていけば良いのか。何処にも出られないなら、何もすることができなくなる。
ここまでの話で小説がもとで争っているなら、辞めればいいと思う人たちも居るだろう。
俺も、休みたい、やめたい。
でも、家族があの状態で、町も怪しい人が囲んでいて、小説を書く以外の道すら許さないから仕方なくだ。
たぶん、本当に、河辺たちが俺を『見張る為』にそうやって他人を使っていたのだろう。
将来がわからない。
希望が見えない。
人はいつか死ぬとしても、悔いは残したくなかった。
せめて、ただ逃げたり怠けていたわけではない、という記録だけでも
遺しておけたらきっと、悔いもないはず。
作業の途中、携帯の電池が、切れる。
充電する。切れる。
まともに動くのは3分。
切れる。2分。
ほとんど、携帯出来ない。
あぁ、なんでこんなことに時間を使ってるんだろう。
キーを押さえながら、考えれば考えるほど、悲しくなった。
どうしてやらなきゃならないんだ。俺が。普通に生活したかっただけなのに。河辺に、ちゃんとした実力さえあれば、こんなことにならなかったのに。なんで自分で書かないんだ。なぜ俺があいつの嘘を支えなくちゃならないのか。
あぁ──なんか、全部、つかれたな。
俺の葛藤が、努力や苦悩が、あいつの嘘にされてしまう。河辺のつまらない作り話なんかにされてしまう。
批評家に、俺が批評されてしまう。俺の人生を、馬鹿にするな。
なんて、考えても疲れるけれど。
今日も画面をずっと見ていると、いつの間にか夕方だった。
台所に行き、なんとなしに冷蔵庫を見ると、ホワイトボードに、今出かけている母の字で『作って欲しい夕飯』が書いてあった。カレーと、魚、サラダ(リンゴを入れてね)。
「リンゴはいいって言ってるだろ!」
その場に誰も居ないのを確認して、思わず叫ぶ。
文字で疲れた頭を休めようと関係ないものを食べたい、気持ちを夕飯に
まで先回りされている。
確か冷蔵庫には魚が入っていた。
生物だから腐る前に食べなくてはならないので無下にも出来ない。
河辺だろうか?
監視していると印象付けるために。
気持ち悪い……
「気持ち悪い……気持ち悪い……」
あんたのせい
あんたのせい
あんたのせい
あんたのせいだ
あんたのせいだ
あんたのせいだ
あんたのせいだ
あんたのせいだ
『私だってなれなかったのに
どうしてあんたが!』
母、さん……
身体がふらつく。
目眩がする。
毎日毎日、耐えられない……
ガシャーン! と激しい音。
握りしめていた携帯が地面に落下した。
はっ、と我に返って携帯の電源をつける。つかない。裏のフタがあいて、電池が飛び出していた。
「わ、電池、電池……!」
急に目が覚めて、あわてて探す。
食器棚の横に転がっていたそれを、素早く携帯に差し込んだ。
すごい音がしたけど、大丈夫だろうか。
電源を押す。
つかない。
「……嘘」
電源を押す。
やはりつかない。
壊れた。
罰があたったんだ。俺が、「もう疲れた、いっそのこと壊れてしまえ」と思ったから。
悲しいのか、嬉しいのか。
とにかく携帯がなくなったから、更新も確認も出来ない。いくら見張ったって、俺は何も更新出来ない。
「はは……っ」
まあ、なっちゃんに最後にメール出来て良かった。
携帯は高校の記念に親が買ってくれたものだ。監視されているしいろいろ疲れている身じゃバイトとかも出来ないだろうか。
そもそもだれに連絡するんだ。
買いなおす必要はあるのか?
みんなあの本性は反社会的なヤバい作家たちの配下みたいになってて、もう友達って、感じじゃないし、連絡しても仕方がない。
あいつの作品全てが無理なのだし、聞かされても困る。芸能人だって、みんな反社会的な繋がりがあるに決まってる。
そんな影響力の為に活動したって……
──まあ、これも運命、だったのかもな。
壊れた携帯を抱え、眠らせる為に箱が置いてある部屋に向かう。
俺のこれまでの携帯、今までありがとう。よく頑張ってくれた。
おやすみなさい。
「さて──」
暇が出来たな。長いような短いような毎日だった。
──でも結局、俺が消える。
河辺が牛耳る世界に戻っていくのだろう。
俺は、足跡を遺せたでしょうか。
あれから、ぱったりと秋弥は消えてしまった。電話にも出ない。
綺羅がかけても連絡がつかない。
河辺まで俺に聞いてきたくらいだった。家にも何度か行ったけど、彼が出てくることはなく、外でばったり会うことすらなくなって1ヶ月は経つ。
誰も秋弥のことがわからない。
もしかしたら……
そんな想いが過る。
お元気ですか?
元気だよ
あれが、連絡がなくなる前の最後の言葉だったと思ったら意味深に見えた。何か、言おうとしていたのだろうか。わからない。
暴力沙汰もあったし……やっぱり
何かに巻き込まれたのかもしれない。秋弥は生きてるのか。ちゃんと食べているのか。
一体なにがあって……俺にも言えないようなことで……
考えるほど、不安で仕方がなくなる。
授業の合間、休みの日。
メールを何度送っても、一向に彼から返事は来ることがない。
何日も、何日も、彼は居なかった。ときどき、綺羅は彼が死んでしまったかもしれないと泣いていた。
わからない。
ニュースにそういう事件がないか、テレビや新聞などを気にするようになった。「俳優の荒井田が、デリヘルに暴行か」とか、そんなくだらないのしかない。
ネットも見ていた。その頃にはネットでは、
『少年漫画家のキセノンこと木瀬野さんに、違法ポルノ所持疑惑が持たれている』が話題となっていた。
清純派イメージがあったキセノン先生が!? と結構な騒ぎになっているという。しかもそれだけじゃなく、特定指定暴力団御砂糖組の会長と飲み会に出席している写真が流出。依頼された漫画を書いていたという。
木瀬野……?
2021/10/913:54