ノート
言われた場所まで歩いて行くと、そこには古い診療所が建っていた。
「合ってるのかな、ここで」
周りは人の気配がないから不安になってくる。
久々に遠出が出来た自分のことを、せめて褒めてやりたいくらいだけれど外にいるといろんなことが過ってパニックになりそうだった。
電話をかけて、着きましたと告げた。
そういえば河辺の番号は知らなかった気がするなと思う。
俺は鈍いから、抽象的な表現で連絡を取り合うのは嫌いだ。言いたいことがあるなら直接言えばいいのに、ちまちまと文通しているのも、ばからしかった。
好きな人になら、傷つくことさえ幸せだという言葉があった気がする。けれど、直接話して傷つくかもしれなくても行動出来ないなんて、やっぱり好きでもなんでもないのだ。
漫画の発売日以上に未練が見当たらない。
なんだか気持ちがまとまったな、といい気分でいたら、電話が繋がった。
「はい」
木瀬野さんの明るい声。
「あ、こんにちは」
俺が言うと、彼はこんにちはと楽しそうに返事をした。
「今、着いたんですけど、ここは、診療所?」
「ふふ。そうなんだ。祖父のやってたとこなんだけど、僕の家」
家……
びっくりしていると、彼は、くすくすと笑った。
「待ってて」
そういって通話が切れてすぐに、その建物から人が現れて手を振った。
「おーい秋弥くん」
「あ、はい」
なんだか焦りながら返事をする。それから、駆け寄っていった。
「よく来られたね」
ぎゅーっと抱き締められて、溶けてしまいそうな気がした。
中に入っててと言われて、短い階段を上り、診療所の裏側にある引き戸をカラカラと開けた。
「わ、ぁ……」
開いた先は通路。
そして右側の小さな窓からは海が見えていた。
暮れかけている空と船がどこかに向かっていくのが見える。
「きれいでしょ、それ」
何を答えていいかわからなくて、ただ頷く。
嬉しいな、というくらいしか感情が浮かばなくて、咄嗟に、なにがどう嬉しいのか海が嬉しいのか木瀬野さんが嬉しいのかうまく言い表せなかったから。
「僕もたまに、そこから見ているんだ」
「俺があの船だったら、木瀬野さんが見つけてくれそうですね」
思わず言うと、彼は楽しそうに笑った。
「船に、なりたいの?」
星になりたいかな。
なんて言ってもロマンチックじゃない気がしたから、黙って口をつぐんでいた。
「思うんだけど」
廊下を歩いていると、ふとトーンを下げた声が切り出して、俺は固まった。
「きみって、あんまり他人に見分けがつかないとか?」
なぜそんなことを聞くのだろうという意味を込めて彼を見上げる。
「いや。さわったりしてもあまりにも抵抗しないからさ、誰にでもそうなのかなって」
木瀬野さんの言葉が冷たいものに感じられてなんだかムッとした。
「見分けは、つきますよ。」
心が痛い。何に対してなのかずきずきと悲鳴をあげるみたいだった。
「でも、抱き締めるだけで命を取られるわけでも、襲われるわけでもないと判断出来たから、安心したんです」
スキンシップで、そんなに逐一判断が必要なのかと思うかもしれない。
仲がいいなら、いきなり襲うはずもないのだから、普通にじゃれるだけだと思われるかもしれない。
「俺には、他人にはちょっとのことでも、判断が付かないから」
抵抗すれば酷くなる。
それを幼い頃に学んだ子は自衛手段として硬直してしまうようになるときがある。
「きみは、怖くても安全だから抵抗しないだけ、いや……どうしても自分の意思では出来なかったということか」
ひとつずつの判断が出来ないなら、全て受け入れて、全部から学ぶしかない。
木瀬野さんがしばらくぶつぶつと一人でしゃべったあと、はっとしたようになって、俺に言った。
「疑うようなことを言ってごめん。少し妬いたんだ」
「妬くって何にですか?」
よくわからなくて、じっとその顔を見つめると、つんつんと頬をつつかれた。
「クラスとかでも、誰にでもそうなのかなって思って」
「……抱きつかれたりはしますけど。それ以上はないです。まず俺が怖いし」
あのね、と木瀬野さんが、まっすぐ俺に向き合って口を開いた。
「些細なふれあいでも、勘違いしちゃう人ってわりといるから。ただ撫でられるだけだなとか、そういう判断が出来たとしても、その……」
だんだん、彼の顔が赤くなっていくのが面白くて俺はじっと見てしまう。
「あぁー、もう!
世の中、汚れた発想しかもってないやつが多いんだよ。
頭と下半身が繋がってるタイプからしたら、きみがそういう風にほんわかとしてると、勘違いするよ」
「やだな、男同士で、
皆が逐一勘違いしてたら友情なんか成りたたないじゃないですかー、
いても一部のやつだけですから」
なにかの冗談だろうと俺は笑った。しかし、木瀬野さんの目は真剣だった。
また階段をのぼって、通された部屋は、小さなリビングみたいなスペースだった。
テーブルがあって、本棚にはなんだか難しそうなタイトルの本がぎっしりある。
壁には海外のお土産みたいなお面や、スノーボウル、誰かの手形が飾ってあり、おしゃれなパッチワークがしてあるレースのカーテンがかかっていてなんだか、別の国の空間みたいな感じもした。
「お茶とか飲む?」
絨毯の上のクッションに座っていると、聞かれて俺はお構い無くと言った。
「冷凍のピザしかないけど、もう少しまってね」
木瀬野さんは、マイペースにもてなそうとしてくれていてなんだかとても嬉しい。
「ありがとうございます」
本棚は、俺が知ってる内容のがなくて、ずいぶん昔の作品ばかりだったからだろう、拒絶反応が起きることはなくて、久しぶりに、背表紙を見てわくわくする経験が出来た。俺に対する意思のこもった本はここには存在しないことが昔なのに、新しいもののような発見がある。
しばらく部屋を見ていたら、木瀬野さんが戻ってきた。
「なにか面白いものあった?」
木瀬野さんは、ピザがのった皿と冷たいお茶のグラスを目の前に並べながらにこにこしている。
「いろんな本がありますね」
「読んでいいよ」
本を読みたいと感じるのは久しぶりで、俺は喜んで手を伸ばした。
咄嗟に手にしたのはなにかの戦記らしい、知らない漫画だった。
『戦いが常というなら、私たちの出会いもまた、流れのひとつに過ぎぬ』
『そのように、一喜一憂する必要なぞない。
戦の世はまだ明けておらんのだから。少し明日に感謝し、それからは冷徹に戻り、私もを忘れるべきじゃ』
争いの世のなか、逐一他人で心を乱すのは、強さには良くないことだと説得する女性と解さない男性のシーンに見入っていたら横から声がした。
「ふふ、冷めるよ?」
「いただきます」
慌ててピザにかじりつくと、今度は唇が熱くて、ひゃあ、と涙目で皿に戻す。
「あー、さすがにいきなり食べたら熱いよ、平気?」
木瀬野さんが、のぞきこんできた。
それから、俺の腕を見ていることに気がついた。
「あ、これは、気にしないでください」
小さい頃から、転んだり擦りむいたりしていたし、姉にも殴られたりしていたから、血を流すことになんにも思わない。
この程度を、怪我だとさえ思わないのだから。
「目立つことして、ごめんなさい」
こういうことをしたら、すぐに「同情して欲しいんでしょ」と言い出す人がいることを知っている。
でも俺は同情されたくないし、そういうものはわりと、相手の思い込みなのだ。
こちらからすれば、
ただ自分が楽になることをしただけ。
それを、他人からあわれんだり責めたり否定してほしくはないじゃないか。
いじめられたくらいで、と思っていた自分が、自分で怪我をしたくらいで迷惑をかけたくはない。
それじゃあ姉と同類だ。
自分を憐れむために、自分より弱い相手にまで手を出した姉と、同じになってしまうし、それだったらまだ、一人で泣いている方がマシだと思えた。
いじめられたって、頭が悪くたって、世の中はどうせ自己責任で。
他人に当たっても偉くも天才にもなれるわけじゃないことくらい、知っているのに。
「学習能力、ないですよね」
「いや、今は繰り返していなくて良かったと思った。
本来なら関係がないはずの事件に、無理矢理巻き込まれたんだから、仕方がないよ。
しかも、あんな犯罪の形で」
「だけど、俺は」
「それより、すんなり家に入れる河辺の身元を心配した方がいい。もしかしたら、盗みとか、違うものも絡んでいるかもしれない」
そういえば母さんが、前から悩んでいた、物を壊されたり盗まれたりすることを思い出した。
「あれにも、河辺が絡んでいるかもしれないんですか」
「あり得なくはないよ」
やけに怖い顔で木瀬野さんが言った。
確かに一番身近なやつだ。しかも、家を知っていて、部屋から勝手にノートを読んだ上に投稿したのだ。他のことをしていても不思議じゃなかったりする。
それに俺の家に入り慣れてるって、気持ち悪い。
「やっぱり俺、学習能力ないかも」
急に、河辺のことが、より不快に思えてきた。
何度も侵入を許しているみたいじゃないか。
万が一そうだったら返すように言ったら、なにかかわるのだろうか……
「気をつけてね」
ぼーっとした頭が、いつかしていた会話を思い出した。
「好きなやつとかを、
困らせたらどこまで許してくれるか見たくねぇか」
困ってるとこをあえて助けずに見てにやにやしたい、そんな話をしている河辺のことを思い出す。
正直俺は、そうは思っていなかった。
けど、頑なに電話番号だけは教えようとしなかったのを思い出して「見たい」と思わなくもなくて。
好きだったのかどうかよりも、
ただ衝動的に「見たい」と思った俺は、ちょっと待っててくださいと言って河辺にその場からメールを何度も送ってみた。
困るだろう。
困って、困るのだろう。
姉にだけは教える理由よりも、俺には言えないことに悩む姿を、にやにやしながら眺めてみていればあのとき彼が言ったことがわかる。
数分待っていた。
俺が苦しくて出たくても出られないとき、彼はにやにやと楽しんでいたのなら、それが楽しみなら、それもまあいいかと、思うことにしていたし。
返信が来た。
返事は「そうやって煽るの楽しいの?」
……携帯を閉じた。
「合ってるのかな、ここで」
周りは人の気配がないから不安になってくる。
久々に遠出が出来た自分のことを、せめて褒めてやりたいくらいだけれど外にいるといろんなことが過ってパニックになりそうだった。
電話をかけて、着きましたと告げた。
そういえば河辺の番号は知らなかった気がするなと思う。
俺は鈍いから、抽象的な表現で連絡を取り合うのは嫌いだ。言いたいことがあるなら直接言えばいいのに、ちまちまと文通しているのも、ばからしかった。
好きな人になら、傷つくことさえ幸せだという言葉があった気がする。けれど、直接話して傷つくかもしれなくても行動出来ないなんて、やっぱり好きでもなんでもないのだ。
漫画の発売日以上に未練が見当たらない。
なんだか気持ちがまとまったな、といい気分でいたら、電話が繋がった。
「はい」
木瀬野さんの明るい声。
「あ、こんにちは」
俺が言うと、彼はこんにちはと楽しそうに返事をした。
「今、着いたんですけど、ここは、診療所?」
「ふふ。そうなんだ。祖父のやってたとこなんだけど、僕の家」
家……
びっくりしていると、彼は、くすくすと笑った。
「待ってて」
そういって通話が切れてすぐに、その建物から人が現れて手を振った。
「おーい秋弥くん」
「あ、はい」
なんだか焦りながら返事をする。それから、駆け寄っていった。
「よく来られたね」
ぎゅーっと抱き締められて、溶けてしまいそうな気がした。
中に入っててと言われて、短い階段を上り、診療所の裏側にある引き戸をカラカラと開けた。
「わ、ぁ……」
開いた先は通路。
そして右側の小さな窓からは海が見えていた。
暮れかけている空と船がどこかに向かっていくのが見える。
「きれいでしょ、それ」
何を答えていいかわからなくて、ただ頷く。
嬉しいな、というくらいしか感情が浮かばなくて、咄嗟に、なにがどう嬉しいのか海が嬉しいのか木瀬野さんが嬉しいのかうまく言い表せなかったから。
「僕もたまに、そこから見ているんだ」
「俺があの船だったら、木瀬野さんが見つけてくれそうですね」
思わず言うと、彼は楽しそうに笑った。
「船に、なりたいの?」
星になりたいかな。
なんて言ってもロマンチックじゃない気がしたから、黙って口をつぐんでいた。
「思うんだけど」
廊下を歩いていると、ふとトーンを下げた声が切り出して、俺は固まった。
「きみって、あんまり他人に見分けがつかないとか?」
なぜそんなことを聞くのだろうという意味を込めて彼を見上げる。
「いや。さわったりしてもあまりにも抵抗しないからさ、誰にでもそうなのかなって」
木瀬野さんの言葉が冷たいものに感じられてなんだかムッとした。
「見分けは、つきますよ。」
心が痛い。何に対してなのかずきずきと悲鳴をあげるみたいだった。
「でも、抱き締めるだけで命を取られるわけでも、襲われるわけでもないと判断出来たから、安心したんです」
スキンシップで、そんなに逐一判断が必要なのかと思うかもしれない。
仲がいいなら、いきなり襲うはずもないのだから、普通にじゃれるだけだと思われるかもしれない。
「俺には、他人にはちょっとのことでも、判断が付かないから」
抵抗すれば酷くなる。
それを幼い頃に学んだ子は自衛手段として硬直してしまうようになるときがある。
「きみは、怖くても安全だから抵抗しないだけ、いや……どうしても自分の意思では出来なかったということか」
ひとつずつの判断が出来ないなら、全て受け入れて、全部から学ぶしかない。
木瀬野さんがしばらくぶつぶつと一人でしゃべったあと、はっとしたようになって、俺に言った。
「疑うようなことを言ってごめん。少し妬いたんだ」
「妬くって何にですか?」
よくわからなくて、じっとその顔を見つめると、つんつんと頬をつつかれた。
「クラスとかでも、誰にでもそうなのかなって思って」
「……抱きつかれたりはしますけど。それ以上はないです。まず俺が怖いし」
あのね、と木瀬野さんが、まっすぐ俺に向き合って口を開いた。
「些細なふれあいでも、勘違いしちゃう人ってわりといるから。ただ撫でられるだけだなとか、そういう判断が出来たとしても、その……」
だんだん、彼の顔が赤くなっていくのが面白くて俺はじっと見てしまう。
「あぁー、もう!
世の中、汚れた発想しかもってないやつが多いんだよ。
頭と下半身が繋がってるタイプからしたら、きみがそういう風にほんわかとしてると、勘違いするよ」
「やだな、男同士で、
皆が逐一勘違いしてたら友情なんか成りたたないじゃないですかー、
いても一部のやつだけですから」
なにかの冗談だろうと俺は笑った。しかし、木瀬野さんの目は真剣だった。
また階段をのぼって、通された部屋は、小さなリビングみたいなスペースだった。
テーブルがあって、本棚にはなんだか難しそうなタイトルの本がぎっしりある。
壁には海外のお土産みたいなお面や、スノーボウル、誰かの手形が飾ってあり、おしゃれなパッチワークがしてあるレースのカーテンがかかっていてなんだか、別の国の空間みたいな感じもした。
「お茶とか飲む?」
絨毯の上のクッションに座っていると、聞かれて俺はお構い無くと言った。
「冷凍のピザしかないけど、もう少しまってね」
木瀬野さんは、マイペースにもてなそうとしてくれていてなんだかとても嬉しい。
「ありがとうございます」
本棚は、俺が知ってる内容のがなくて、ずいぶん昔の作品ばかりだったからだろう、拒絶反応が起きることはなくて、久しぶりに、背表紙を見てわくわくする経験が出来た。俺に対する意思のこもった本はここには存在しないことが昔なのに、新しいもののような発見がある。
しばらく部屋を見ていたら、木瀬野さんが戻ってきた。
「なにか面白いものあった?」
木瀬野さんは、ピザがのった皿と冷たいお茶のグラスを目の前に並べながらにこにこしている。
「いろんな本がありますね」
「読んでいいよ」
本を読みたいと感じるのは久しぶりで、俺は喜んで手を伸ばした。
咄嗟に手にしたのはなにかの戦記らしい、知らない漫画だった。
『戦いが常というなら、私たちの出会いもまた、流れのひとつに過ぎぬ』
『そのように、一喜一憂する必要なぞない。
戦の世はまだ明けておらんのだから。少し明日に感謝し、それからは冷徹に戻り、私もを忘れるべきじゃ』
争いの世のなか、逐一他人で心を乱すのは、強さには良くないことだと説得する女性と解さない男性のシーンに見入っていたら横から声がした。
「ふふ、冷めるよ?」
「いただきます」
慌ててピザにかじりつくと、今度は唇が熱くて、ひゃあ、と涙目で皿に戻す。
「あー、さすがにいきなり食べたら熱いよ、平気?」
木瀬野さんが、のぞきこんできた。
それから、俺の腕を見ていることに気がついた。
「あ、これは、気にしないでください」
小さい頃から、転んだり擦りむいたりしていたし、姉にも殴られたりしていたから、血を流すことになんにも思わない。
この程度を、怪我だとさえ思わないのだから。
「目立つことして、ごめんなさい」
こういうことをしたら、すぐに「同情して欲しいんでしょ」と言い出す人がいることを知っている。
でも俺は同情されたくないし、そういうものはわりと、相手の思い込みなのだ。
こちらからすれば、
ただ自分が楽になることをしただけ。
それを、他人からあわれんだり責めたり否定してほしくはないじゃないか。
いじめられたくらいで、と思っていた自分が、自分で怪我をしたくらいで迷惑をかけたくはない。
それじゃあ姉と同類だ。
自分を憐れむために、自分より弱い相手にまで手を出した姉と、同じになってしまうし、それだったらまだ、一人で泣いている方がマシだと思えた。
いじめられたって、頭が悪くたって、世の中はどうせ自己責任で。
他人に当たっても偉くも天才にもなれるわけじゃないことくらい、知っているのに。
「学習能力、ないですよね」
「いや、今は繰り返していなくて良かったと思った。
本来なら関係がないはずの事件に、無理矢理巻き込まれたんだから、仕方がないよ。
しかも、あんな犯罪の形で」
「だけど、俺は」
「それより、すんなり家に入れる河辺の身元を心配した方がいい。もしかしたら、盗みとか、違うものも絡んでいるかもしれない」
そういえば母さんが、前から悩んでいた、物を壊されたり盗まれたりすることを思い出した。
「あれにも、河辺が絡んでいるかもしれないんですか」
「あり得なくはないよ」
やけに怖い顔で木瀬野さんが言った。
確かに一番身近なやつだ。しかも、家を知っていて、部屋から勝手にノートを読んだ上に投稿したのだ。他のことをしていても不思議じゃなかったりする。
それに俺の家に入り慣れてるって、気持ち悪い。
「やっぱり俺、学習能力ないかも」
急に、河辺のことが、より不快に思えてきた。
何度も侵入を許しているみたいじゃないか。
万が一そうだったら返すように言ったら、なにかかわるのだろうか……
「気をつけてね」
ぼーっとした頭が、いつかしていた会話を思い出した。
「好きなやつとかを、
困らせたらどこまで許してくれるか見たくねぇか」
困ってるとこをあえて助けずに見てにやにやしたい、そんな話をしている河辺のことを思い出す。
正直俺は、そうは思っていなかった。
けど、頑なに電話番号だけは教えようとしなかったのを思い出して「見たい」と思わなくもなくて。
好きだったのかどうかよりも、
ただ衝動的に「見たい」と思った俺は、ちょっと待っててくださいと言って河辺にその場からメールを何度も送ってみた。
困るだろう。
困って、困るのだろう。
姉にだけは教える理由よりも、俺には言えないことに悩む姿を、にやにやしながら眺めてみていればあのとき彼が言ったことがわかる。
数分待っていた。
俺が苦しくて出たくても出られないとき、彼はにやにやと楽しんでいたのなら、それが楽しみなら、それもまあいいかと、思うことにしていたし。
返信が来た。
返事は「そうやって煽るの楽しいの?」
……携帯を閉じた。