ノート

side 木瀬野

 ペンを握っていたら友人から連絡が来て、僕はペンから受話器に持ち変えた。
なにがどうなったかは知らないが、彼の過去やトラウマを、「あの子のためだから」と聞き回る詐欺が横行しているらしい。
いかにも詐欺師がやりそうな手段だ。

別に詳しくはないけど、どのみち僕は心理療法的に先回りはタブーだと思う。
『あの子のため』を語るひとほど、自分のためだったりするものだ。

見ず知らずのやつか、
クラスメイトが、べらべら自分について話したことが、まず知られる。
これは警戒心が強そうな子にはまず友情を破壊しかねない。
僕が医者だったとして、
こんなことあったんだって?

と相手が話してもないことを話題にするのも、危険なことだと思う。
警戒心をまたしても強めてしまうだろうし、誰にでも『心の準備』があるものだ。
先入観で接することが、傷つけてしまうことは容易に想像ができる。
幼い僕が、カウンセラーの真似事をしていたのだってそうだった。
カウンセリングの先生の『先回り』によって深く傷ついてしまったから。


――なんで知ってるの?
――ゆうくん、あのこと誰にもいわないっていったのに!

ゆうくんはね、あなたが心配だからね、と説明する先生が僕には酷く醜く歪んで見えた。

彼には問題をクリアすればいいということしか頭になくて、
感情の機微や、複雑な心理についてまったく念頭になかったんだ。


 少し机から離れて目を閉じて横になると、懐かしいことが蘇りかけた。友情も、トラウマも全部あれを受けて変わってしまったっけ。

先回りは、強引に心をこじあけてるのと変わらない。強盗だ。小手先の技術に甘えるばかりじゃなくて、そうまずは、自分が『頼りたい』って思われてなくちゃいけない。
……思われていただろうか?
 慌てて通話を終えたあとスケッチブックを広げた。

< 94 / 117 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop