ノート



Side綺羅

 あれから数日しても、彼は来ない。クラスでもカンベのファンであるゆりなたちが作品の話をしていた中でも、

私はひたすら上の空だった。

だから「綺羅、どうしたの?」 なんて聞かれてしまった。

「なんでもない!」

「もしかして恋ですかー?」
池野さん、梅実、麻衣たちがにやにやと私を見つめる。そういうんじゃないって!

「麻衣は口軽いからやめた方がいいよ、ゆりなの好きな人とかも実は言いふらしてたし」

池野さんがこそっと私に教えてくる。
だから違うって。

もう二週間になる。
どうしたのだろう。
電話も繋がらない。
先生は、個人のことだからとあまり教えてくれなかった。
 池野さんがあんな話をしてるけれど、ゆりなは麻衣のことがとても好きなようだ。
これは、どこか別れた場所でゆりなが居ないときに悪口をいうパターンのやつだろう。
あぁ……なんか、めんどくさいな。










 目を覚ますと、なっちゃんの家のベッドの上だった。

「あれ?」

「ああ、おはよ」

なっちゃんが、安心したような顔で俺を見た。

「急に出てって、倒れたから、ビビったわ」

そうか、俺は、倒れたのか。ぼんやりした頭が、見慣れてきた部屋を見つめる。

誰だったか、言っていた。
孤独は、世界の広さを知らないからだ、とかなんとか。そういや俺みたいなやつは居るだろうか。会えてないが、死ぬまでに、話してみたい、なんて奇跡か。

「……運んで、くれたんだありがと」

「あぁ、いいよ。心配した」
なっちゃんは、穏やかな顔で俺を見つめて額に口付けた。
途中、机におかれたなっちゃんのスマホが鳴り出して慌てて距離をとる。
画面には ヒジキ と書いてあった。

「変わった名字だね、誰」
「比敷か? ただの塾の知り合い。前にファミレスに居ただろ、
あのゴーリキちゃん似な、ショートヘアの子」

そうだっけ。
あんまし見てなかった。
通話が始まったら、俺は暇でなっちゃんの膝の上に座ってみたり、こちょこちょしてみたりと、遊んでいた。

こうしてみると、なっちゃんは交遊関係が広いような。
 俺は、理解されようとして来なかったから、浅い気がする。
少なくとも俺自身を満たしたものはあまりなかった。
 理解を求める相手が必要だからと、無理に相手に背負わせるのはまた、違う。


カンベの汚い手をどうにかするには、あのノートの持ち主だとわかるように言わないとならない。
でも俺とノートの内容を結びつけられたくはない。トラウマを暴露され、よりほじくり返すようなものだ。

けれど、町中や、いろんな書籍を見た限りでは俺が何らかの形で出ていかなかったら、ニセモノをつくって俺だと言って出てってしまうだろうって勢いを感じる。

そしたらいよいよ、俺はどこからも居なくなる。
自宅にある、『それ』を自分で人前に晒す行為はとても残酷で非情なものだ。

だけど……、ぎゅっとなっちゃんにしがみついたままの状態でぬくもりを感じつつ、俺は決意する。
どうせ死ぬかもと考えたら。

それさえもなかったことにされて、俺の軌跡は何もなくなると思ったら。それは悲しかった。
(俺なりに、書くしかない……)

ノートは見せたくない。
けれど、それを思わせる作品をつくってみよう。それとなく、やめて欲しいことを理解してもらえるかもしれない。
なっちゃんが通話を終えて、俺を抱き返した。それに甘えながら呟く。
「俺、怖い」

書きたくなんか、本当は文字なんか見たくない。見たくない。
でも、このままじゃ俺はどこからも殺されて、何つ存在しなくなる。

「だから、がんばる」

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