ノート
木瀬野さんに会いに行くのは久しぶりだった。緊張で身体がガチガチだったものの、どうにか前に教わった住所に向かうことができた。
「あの、もしもし」
着きました、と連絡すると、久しぶりだねと彼はすぐに迎えてくれた。
「……いろいろ、ありまして、その」
何をどういおうか迷った。木瀬野さんは、じっと待っていた。
俺は事情を話した。
「実は、僕も困っていてね」
木瀬野さんは突如そんなことを言った。
「最近、ネットの匿名性もあって盗作や成り済ましでつくった創作物を、持ち込むことが増えてきてるらしいんだけどね……」
木瀬野さんは言う。
自分が描いた絵もプロになった人に使われたことがあること。
ある人が描いたキャラクターのグッズデザインが公式で販売されてしまい、パクリだと言われるようになった話もあると。
「そういうことが起きているようなんだよ」
創作をビジネスに結びつけると見せかけた買いたたきや押し売り詐欺……
「僕はきみとは、立場は違うけど……
でも誰かの一部を、誰かがこうやって奪ってる」
詐欺グループの資金源になっているときもあるらしい。
木瀬野さんが、話しながら滅多に見ない辛そうな顔をしたのがやけに印象的だった。
「まぁ、外じゃなんだから、なかに入る?」
にっこりと笑って木瀬野さんは、家へと案内した。
久々に来たというのにほっとする室内だった。
「その表情、天然?」
「え」
木瀬野さんが突然そんなことを言い、俺はなにかと聞き返す。
「なにがですか」
「いや……。まわりにあまり興味が無いことから来てる無計算か」
「……?」
確かに、興味があまりない。河辺と付き合った理由も心がほしかったからだった。
それを動機にできてしまうくらいに俺には心がたりないのだ。好き、嫌いよりも、『心』が欲しい。
なっちゃんのことは好きだけれど、べつに好きだからと付き合わなくてはならないという考えではなくて。
「俺が周りにむける愛情はストックホルム症候群に似ているらしい、です」
誰であっても。
「ひどい、ですか」
愛せるかもしれないのは。
「付き合うのは、その人を心のなかでは拒絶するための手段、なんだと思います……」
怖いから、繋ぎ止める。何をするかわからないから付き合う。
「好きだと言う想いはそれと別にあります。
だけど、長時間居ると、他人と居る自分が怖くなって、おかしく、なって」
木瀬野さんの手が、両手をそっと包み込んで怯えて凍えてた心がほぐれるようだった。
「そっか、他人と居ること自体が怖いんだ……支えにしていた『ノート』もないもんね。話したくなったら話して」