寄り添う君のために
道端に、小さな犬のぬいぐるみが落ちていた。

誰に見向きもされず、どんどんと薄汚れていくぬいぐるみ。
『彼』は捨てられたのでは無かった。

『自ら』、居た家を離れたのだ。


……

小さな病室。
一人の少女がベッドに体を横たえていた。

そばには両親がおり、ようやく目を覚ました、娘である少女に具合を聞いている。


「…りゅか、は…?」

自分の具合を聞かれ、答えたあとに少女は両親にポツリと尋ねる。

「りゅか?ああ、あの犬の…」

母親は思い出したようにそう言ったが、父親とともに困ったように顔を見合わせる。

「ごめんな…あの犬のぬいぐるみは、持ってこられなかったんだ…」

父親は申し訳無さそうにそう答えた。


今まで何度もこの病院へ通い、処置も受けてきた。
その度に少女は、心の支えでもある犬のぬいぐるみを必ず持って来ていたのだ。

今回は急。
両親も、先立つものと急な用意しか持ってこなかったに違いない。
少女にも、両親がいじわるで持ってこなかったわけではないことくらい分かっていた。

「…りゅか…」

まだ発作が治まったばかりの少女は、ぼんやりと自分で付けたぬいぐるみの名を呼んだ。


その頃誰もいない少女の家では、少女のいた部屋の片隅にあった小さな犬のぬいぐるみが、のっそりと起き出した。

締め忘れた、格子の付いた風呂場の窓から勢いよく飛び出し、真っ暗な夜道をひた走る。

長い耳を揺らし、開けっ放しの口から舌を出し、四本の足で大地を蹴り上げ、まるで本物の犬のように…

『会いたい』。
少女のその願いが聞こえた気がしたから。

『そばにいて』。
いつも少女のすぐ近くにいたから。


しかし少女は思った。

『彼』はぬいぐるみ。
自分で動けるはずはないし、この病院までは遠く、両親に取りに帰ってもらうわけにもいかない。

…会えないのだ…


パタリ…

ぬいぐるみは力尽きたように道端に倒れた。

……


朝の光…昼間の雑踏…

ぬいぐるみは知らずに蹴り上げられ踏まれ、そのまま道に落ちていた。


そしてまた夜がやってきた。

人の通らなくなった道。

しかし、『彼』には聞こえた。
少女の悲しげな声が。怯える声が。

まだ幼い少女。
一人で乗り越えるには辛すぎた。

犬のぬいぐるみは再び起き上がる。
そしてまた走り出す。

少女の願いのために。
少女の、乗り越える運命のために…
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