一縷
「ご馳走様でした」
「こちらこそ、会えて良かった」
店を出て、絹笠さんは道路へ視線を流す。
「送って行く」
「すぐそこなので、大丈夫です」
「そう言ってたな」
「言いました?」
「それでタクシーに乗せたら寝た」
前回の、ことだ。
何となく、タクシーに乗った記憶が蘇る。
「もしかして、わたしが寝たから絹笠さんの家に?」
「ああ」
「なんだ。じゃあ、何も無かったんですね」
安堵しながら絹笠さんを見上げるが、明後日の方向を向いている。
「何も……まあ、何も……」
「どうして言い聞かせてるんです」
「ああ、何も無かった」