一縷

絶句しているのか、言葉が返ってこない。

「あの、勿論焼肉のお金も返しますし、その前の居酒屋のお金だって」
『いや、いい』
「でも……」
『今日、仕事帰りに行く』

え、と声が出る。今日の帰りって、何時だ。ていうか、帰りに何故来るのか。

「羽巣ちゃん、三丁目の沢村さん来たよ」

富士さんが裏口から顔を出して知らせてくれた。顔を上げて、頷く。

『じゃあ、また』
「はい、失礼します」

通話を切り、中へと戻る。

「もしかして焼かない焼肉屋の人との電話?」
「……富士さんの観察眼をわたしにも分けてほしい」

< 57 / 88 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop