跡継ぎを宿すため、俺様御曹司と政略夫婦になりました~年上旦那様のとろけるほど甘い溺愛~
複雑な心境にうな垂れていると、ドアをノックする音がして顔を上げた。

「はい、どうぞ」

気まずさを感じる中、第三者が加わってくれるのはありがたい。

「愛佳ちゃん! と……岸本さん、だったわね?」

やってきたのは菊乃さんだった。彼女は案内してきた社員に礼を伝えると、「お邪魔してもいいかしら?」と確認して、空いていたもうひとつの席に座った。

菊乃さんはふらりとギャラリーを訪れては、気に入った品があると購入してくれる。店頭に私がいればその場で少しだけお話をするのだが、不在だとこうしてこっそり事務室まで通されている。

彼女も最初こそさすがにそれは……と遠慮していたのだが、社長である父がぜひにと案内して以来、今ではここまで足を運んでくれるようになった。父としては、義理の家族との関係が良好であるようにと配慮したのかもしれない。
社員もすっかり彼女の顔を覚えており、会社の恩人である菊乃さんの訪問は大歓迎されている。

岸本さんの名前を覚えていたようだし、彼女が以前話していたようにふたりは見知った仲なのだろう。その関係性にまで、仄暗い思いを抱いてしまいそうだ。

「こんにちは、菊乃さん」

にこやかに挨拶をする岸本さんに、菊乃さんもいつも通りの笑みを浮かべている。

「愛佳ちゃんは先日電話で話して以来、四日ぶりぐらいだったかしらね?」

「そ、そうですね」

菊乃さんと話すのに緊張なんてとっくにしなくなっているが、この三人で話すのは初めてで少し落ち着かない。

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