跡継ぎを宿すため、俺様御曹司と政略夫婦になりました~年上旦那様のとろけるほど甘い溺愛~
「ありがとう……くくく……」

突然肩を震わせ始めた千秋さんを凝視する。一体、今の発言のなにがそんなにおもしろかったのか、考えても思い当たる節はない。

「あ、あの?」

「くくく……さっきまでの威勢のよさはどうしたんだ?」

こちらが素なのだろうか? 畏まった口調はいっさいなくなり、砕けた調子で問いかけられて困惑する。

時間に遅れそうで、エレベーターから店の入口までのほんの少しの距離を走ってしまったが、それは見られていないはず。対面してまだ数分の間に、言われるような姿を晒した覚えはない。

「なんだったか……ああ。騙したからはじまって、にぎやかに騒いでいたな。ロビーで」

一気に顔が青ざめていく。背中に冷たい汗が伝っていく中、ロビーでの自身の振舞を振り返る。

冷静になれば、他人の目のある場所で父に詰め寄るなんて、かなり恥ずかしい姿を晒してしまった。多少自重していたとはいえ、怒りに任せて言いたい放題した自覚がある。おそらく、近くの人には聞こえていただろう。

「あ、あなた、まさかあの場に?」

「誰もが通るエリアだからな」

当然だ。この店に来る客は、必ずロビーを抜けてくる。

未だにおかしそうに笑っている千秋さんを、思わずジロリと見やる。さっきまで緊張しきっていたというのに、羞恥に悶えるよりもそれをごまかすようにいら立ちを前面に出す。誰彼かまわずこういう態度をとってしまうところを、まだまだ子どもだと周りからよく指摘されるが、頭がいっぱいでそれどころでない。

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