跡継ぎを宿すため、俺様御曹司と政略夫婦になりました~年上旦那様のとろけるほど甘い溺愛~
再び岸本さんとふたりきりになると、室内は途端に微妙な空気が漂い出した。千秋さんとの話を聞かれたのもあって、少々気まずい。
ごまかすようにコップに手を伸ばしかけたところで、岸本さんが唐突に話しはじめた。

「子ども、子どもって。わかるけど勘弁して欲しいわね」

菊乃さんは、決してそれを嫌な口調では言わない。違う場面では、『できなかったとしても、夫婦仲が良ければいいのよ』という言葉を何度かかけてくれた。

それに、自分もたまに子どもがいたらと望んでしまうが、今現在できていないことを悩んではいない。

うんざりして、いかにもしょうがないわねという雰囲気を醸す岸本さんだが、彼女の瞳の奥が少しも笑っていないと気づいてしまった。
女性にとってデリケートな話題に、気を悪くしてしまったのだろうか。私は気にならなくても、彼女にとっては違ったのかもしれない。

「い、いつか、できればいいぐらいに思ってるんですけどね」

無難な返しをしたつもりだったが、その答えがいけなかったらしい。こちらを見つめる岸本さんの視線が、一気に険しいものに変わった。

「岸本、さん?」

うろたえて、声が掠れる。わずかに目元を緩めた岸本さんは、まるで私を見下すようにくすり笑った。

「千秋の相手って、大変じゃない?」

「え?」

夫の名を呼び捨てにされた驚きで、目を瞬かせた。
岸本さんはニンマリと口角を上げると、状況についていけない私を無視して話し続ける。

< 112 / 174 >

この作品をシェア

pagetop