跡継ぎを宿すため、俺様御曹司と政略夫婦になりました~年上旦那様のとろけるほど甘い溺愛~
名古屋駅への到着を知らせるアナウンスに、荷物を片付けはじめる気配が周囲に漂いはじめた。

「千秋さん。名古屋の暑さをなめてはいけません」

「は?」

なにを言っているんだという、呆れた視線にもめげはしない。向けられすぎてすでに耐性がついている。

夏休みに遊びに来るたびに感じた、あの不快なもわっとした熱を思い出して身を震わせる。新幹線の扉が開いて一歩踏み出したときに感じるこの地の真夏の空気は、まるでサウナのようだ。

「東京の夏とは、ぜんっぜん違いますから」

私の力説は、軽く流された。でも、さすがの千秋さんもきっとなんらかの反応をするだろうと、下車する彼に注目する。

悔しいが、スーツを着込んでいる千秋さんは変わらず涼しげな表情のままだった。これもできる男ならではなのか……。

どうにかしてあの表情を崩したいと、なにに対してなのかよくわからない対抗心が湧いてくるが、今回は負けを認めざるを得ない。

「平気、そうですね……」

恨めしげに隣を見上げる私を、千秋さんはやっぱり呆れた目で見下ろした。

「経験済みだ」

言われてみればその通りだ。千秋さんはなにかと出張が多い。先日は日帰りで大阪へ行っていたし、名古屋だって当然何度も来ているはず。
考えの浅い自分に落ち込みながら、彼の後についてとぼとぼと歩き出した。

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