跡継ぎを宿すため、俺様御曹司と政略夫婦になりました~年上旦那様のとろけるほど甘い溺愛~
「ここからはタクシーを使う。まずは、お世話になる愛佳の親戚の家に行く。俺は地理がさっぱりわからないから、愛佳に任せるぞ」

未だにしょげる私に、千秋さんが言う。単純な私は彼に頼られたのが嬉しくて、途端に元気を取り戻した。

「はい!」

たぶん、千秋さんだってある程度は調べているだろう。それでもこうした言葉をかけるのは、私のやる気を引き出すために違いない。なんだか彼にいいように扱われている気がしなくもないが、それを少しも不快に感じない。

出発してしばらくすると、覚えのある景色に仕事を忘れてわくわくしてくる。

「千秋さん。今走っている地域は、日本一気温が高くなる街で有名なんですよ」

愛知県と岐阜県の県境を過ぎて少したところで、声をかける。

「全国区の天気予報でもよく取り上げられているから、聞いたことありますよね? あっほら、あの山を見てください」

私が指を、千秋さんの視線が追う。窓の向こうには、現在進行形で削られている山が見える。

「広範囲に渡って、ずいぶんと切り開かれてるでしょ? あれ、陶器用の粘土を掘ってるんですよ」

「へえ」

「もちろん、加藤で使う粘土もこの土地のものです」

ここは、山と川と田畑に囲まれた長閑な場所だ。その大自然の中で、大昔から陶器づくりが受け継がれてきた。この辺りで作られる美濃焼の歴史は、飛鳥時代の土器づくりがはじまりだとも言われている。

「地域によってカップにどんぶりに、それぞれ作るものを分担している場合もあるんですよ」

「そうか。愛佳はなかなか詳しいんだな」

「もちろんです。ここは私にとって、第二の故郷のようなものですから」

千秋さんの言葉に、自然と笑みが浮かぶ。
せっかくここまで足を運んでくれたのだから、加藤の窯元だけでなくてこの土地についてもいろいろと知ってもらいたい。
幼い頃から幾度となく訪れたこの地のよさを、千秋さんにも感じてもらいたくて、ついつい饒舌になっていた。

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