跡継ぎを宿すため、俺様御曹司と政略夫婦になりました~年上旦那様のとろけるほど甘い溺愛~
目的地に到着して下車すると、周囲をぐるりと見渡した。
時間は十七時半を過ぎたところだ。この季節、平地ならならまだ十分に陽は届くのだが、山間の地であるここらは幾分か早めに薄暗くなる。

都会で生まれ育った千秋さんの目に、この光景はどう映っているのだろうか。

「叔父の家は、この細い道を入った突き当りです。でも行く前にこれだけは聞いてください。この辺りの人は東農弁を話すんですが、それが人によっては少しきつく聞こえてしまうかもしれなくて……。決して悪意があるわけではないから、そこだけわかってくださいね」

方言を揶揄するつもりはいっさいない。それどころか数日滞在していると、つられて口にしてしまうほど私には馴染んだ言葉だ。
ただ、その物言いを悪く捉える人がいるのも事実で、千秋さんが嫌な思いをしなければいいがと少しだけ心配でもある。

「あまり気にしてなかったが、まあ大丈夫だ」

そのあたりは私が気をつけてフォローしようと密かに誓い、目の前の小道を先頭に立って歩き出した。

古い門を勝手に開けて、遠慮なくずかずかと入っていく。そのまま玄関に手をかけようとしたところで、「おい」と千秋さんが止めてきた。同時に、伸ばしかけた私の腕を掴んでくる。

「いきなり開けたら失礼だろう」

ああそうか。田舎のあるあるを、この人は知らない。

「ここでは、チャイムを鳴らす人なんてほとんどいないですって。なんなら鳴らなくなっている家も多いし、鍵もまずかかっていません」

これは、幼い頃から何度もここで過ごしてきた私の体験談だ。当初は私も施錠を心配したが、ここに住む人たちは『盗られるもんなんかない』と笑い合うばかりだった。

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