跡継ぎを宿すため、俺様御曹司と政略夫婦になりました~年上旦那様のとろけるほど甘い溺愛~
「千秋さん、長くなりそうです」

再びボソリとつぶやくと、彼はさっきと同じくひとつうなずいた。

「すみません」

毎日時間に追われている彼を長く拘束してしまうのはなんだか申し訳なくて、謝罪の言葉を口にした。新幹線でも仕事をしていたぐらいだし、きっと疲れも溜まっているはず。

「なにがだ?」

「だって、予定が狂っちゃう。秋さんも疲れているだろうし、まだ仕事が残ってるんじゃない?」

仕事について詳しく聞きはしないが、普段の様子を見ていればその忙しさはうかがい知れる。

「大丈夫だ。必要なものはもう片付けてある。それに、都会育ちの俺にはこんなふうにもてなされた経験がない。ばあさんはきっと、こうやって妙子さんによくしてもらったんだと思うと、この時間も悪くない」

千秋さんの返しに驚いて、じっと見つめる。
口では菊乃さんを邪険にしがちな千秋さんだけど、あくまでそれはポーズにすぎない。本心では、いろいろと心配して大事にしているのはわかっている。

彼は今、アルコールでにぎやかさを増したこの場を眺めつつ、菊乃さんが目にしたであろう光景を想像しているのかもしれない。

「菊乃さんも、田舎のこの雰囲気には驚いたんだろうなあ」

「そうかもな」

表情は変わらない千秋さんだが、幾分リラックスしているようだ。

「愛佳と結婚したから見られた光景だな」

なにげなく言われた言葉がくすぐったくて、私の顔に自然と笑みが浮かんだ。

< 55 / 174 >

この作品をシェア

pagetop