桜が咲く頃に、私は
夜の街を駆け、空のバンド仲間がいるというライブハウスへと向かった。


翠を通して深沢達にも連絡が行っていると思う。


同じタイミングで家を出たとしたら、私が一番遅く到着するかな。


「ねえ空、これが終わったら、夢ちゃんにはごめんって言っといて。どう考えたって手を出さないとか無理だから」


「そんなの自分で言えよ。俺が言うことじゃないし、俺が夢に怒られるだけだろ。俺は……お前が嫌だって言っても連れて帰るからな」


そう言い、走りながら私の手を取った空。


私は……いつから空に安心感を覚えていたのだろう。


何の感情もない、作業のキス。


確かに最初はそう思っていて、アパートに転がり込んだのも、いちいち呼び出す手間を省く為だった。


それはいつしか、家族の情のような物に変わって。


多分、キスにも他の感情が少しずつ混ざっていたんだ。


だけど、広瀬に悪いと思って何も感じていないと思い込んでいたのかな。


そんなことを考えながらやって来たライブハウス。


地下へと続く階段の前で、翠達が私を待っていた。


「ごめん、あいつらは!?」


「中にいると思うけどさ、ワンドリンク付きで2500円とかどうするって話してたんだよ。まさか中でやるわけにも行かないっしょ」


翠が階段の先を指差すと、顔にタトゥーの入った怖そうなお兄さんが、タバコをくわえて受け付けをしていた。


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