桜が咲く頃に、私は
どうすることも出来ずに泣くことしか出来なかった私達の前に、ひと組の中年夫婦が現れたのは、それから一時間が経過した時だった。


どうやら空の遺品の中に、おじさんの連絡先が書かれていたものがあったらしく、連絡が来たと教えてくれた。


空は……自分の死に向けての準備をしていたというのが、今になって良くわかった。


やって来たおじさん達は空と夢ちゃんを連れて、自宅に戻るらしい。


一度アパートに寄って、夢ちゃんの着替えを用意したら。


私は……そこには入れない。


家族じゃないし、おじさん達とも面識はなかったから。


病院で空が車に乗せられて、翠と二人でそれを見送って。


何も考えることが出来ずに、夜の街を、彷徨うように歩いていた。


「翠……空ね、私に……命をくれたんだ。残っていた命全部……」


「そっか……そうなんだね」


どうして今になってそんなことをしたのか、私には全くわからない。


ほんの少し私の余命が増えるよりも、短くても二人で一緒に生きたかったのに。


翠に支えられて歩いた街。


私が行く場所なんてどこにもなくて、帰って来たのはアパートだった。


夢ちゃんと空、私の三人で暮らしたアパート。
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