桜が咲く頃に、私は
部屋の中に入ると、まだパーティの空気が少し残っていて、ふすまを開けたら空がそこにいそうな気さえする。


「冗談だよ。驚いた?」なんて言ってさ。


静かな、冷えた空気を掻き分けるように歩いて、ふすまをゆっくりと開ける。


暗く、飲み込まれてしまいそうな闇の中に、窓から射し込む柔らかな光が空の布団を照らす。


その布団の上に……空がいて、笑って私を見ていた。


なんて、そんなことは当然なくて。


誰もいない部屋の前で膝から崩れ落ちた私は、どうしようもない喪失感に、項垂れることしか出来なかった。


「早春……私、帰るね。あんたと一緒にいてあげたいけど……私が無理だわ」


今にも泣き出しそうな声で、翠もどうすれば良いかわからないんだろうな。


バタンとドアが閉じられる音を背中に聞いて、私は空の布団を見た。


ほんの数時間前までそこにいたのに。


動いていたのに。


笑いかけてくれたのに。


もう……それもしてくれないんだね。


空の幻影を追うように、這い寄った布団。


その上に倒れるように横になって、左手の指輪を見た私は涙を流した。


こうなってみて、思うことがある。


私は……上手く空に想いを伝えられていたかな。
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